断罪のM
 イタリア全土に勢力を伸ばす、情熱の名を冠した大規模なギャング組織。若くしてその頂点に上り詰めた、婉美なる少年。「ひどい有様ですね」と歌うように言う彼の、その瞳に冷情な光が宿っていることに、ユウリはこの部屋に一歩踏み込んだときから気がついていた。

 ユウリは、手櫛で梳かしただけの髪を乱暴にかき上げると、フリスク大のビニールケースをすっと差し出した。中身は先の仕事で、文字通り体を張って手に入れたマイクロチップだ。「………」黙したまま、それを受け取ろうともしないジョルノに、ユウリは苛ついたように吐き出した。「ジョルノ」

「私、すごく疲れてるの」
「相手の匂いを消すことも忘れるくらい?」
「………」

 しまった、と、髪を梳いていた手が止まる。ジョルノは小奇麗に整理された執務机に両肘をつくと、組んだ手の上に顎をのせた。「ユウリ、ユウリ」と、子犬のように後をつけてまわる、普段の彼とは打って変わった、見下すような上目使い。
 ユウリはジョルノの恋人だった。優しく、時には厳しく、慈愛に満ちた彼女のことを、ジョルノは半ば盲目的に慕っていた。
 その年の差から、姉弟に見られることもしばしばあり、ジョルノはそのたびにいじけていた。

「僕って、そんなに子どもっぽいですか?」

 いつだったか、ジョルノはユウリにそう聞いた。ぶすっと口を尖らせ、つま先をくっつけ合っているその姿に、ユウリはまたミスタあたりに何か言われたのだろうと推測した。

「子どもっぽいっていうか、ジョルノはまだ子どもじゃない」

 その発言に、ジョルノはあきらかにショックを受けていた。シュンと目を伏せ、そうですか…と消え入りそうな声で、呟く。組織の最高責任者がそんな顔をするなと言いたい。

「なんでそんなに落ち込むのよ。嫌いだって言ってるわけじゃないでしょ」
「そうですけど………」

 緩慢な所作でこちらを見上げる。その目はしょんぼりと悲しげだ。

「僕は、貴方にふさわしい男になりたいんです。もう、姉弟だなんて言われたくない」

 だから早く大人になりたい。ユウリを守るだけの地位も、強さも、自分にはある。けれど年齢だけは、神にも悪魔にも、どうすることもできない。こんなにもどかしいことはない。こんなに思っているのに、こんなに近くにいるのに、こんなにも貴方は遠いのだ。と、ジョルノは項垂れるようにしてそう言った。
 ユウリは溜め息を吐くと、
「しょーがない子ね」
 とジョルノを抱きしめた。

「どうにもならないことを気に病んだって仕方ないでしょ。子どもっぽくても、姉弟みたいでも、私はありのままのジョルノが好きよ」

 あやすように背中を撫でる、その手のあまりの優しさに、ジョルノは涙さえ滲ませた。このひとを好きになって良かったと心から思った。
 ユウリの愛は、全てを包み込むような、全てを許すような慈悲深いものだった。それはまるであたたかく、透きとおっていて酷く美しいけれど、底の見えない沼のようだ。あれはいつの頃だったか、ジョルノは、その深淵にまで辿りついていた。そのころにはすでに、彼女の愛に、とっぷりと溺れきっているのだった。そして今。

「仕事とはいえ、こんな、他の男の匂いをぷんぷんさせて…。ユウリ、どういうつもりですか?」

 あまりにも真っ直ぐなジョルノの恋情は、独占欲と言う名の愛憎に姿を変え、ユウリに牙を剥こうとしていた。

「それは…」ユウリが口籠る。仕事とはいえ、ターゲットとの閨房の沙汰、その痕跡を残したまま、恋人でもある上司の前に姿を現したのは、いくらなんでも迂闊すぎた。この幼い恋人は、人一倍寂しがりで甘えん坊なのに。

 ユウリ、と、ジョルノは緩やかに捲し立てる。

「できることなら僕はこんな仕事、貴方にはして欲しくない。けれど仕事をしたいと言ったのは貴方の方だ」
 僕はイヤだって言ったのに…。ゆっくりとジョルノが立ち上がる。
「そんな。適任が私しかいなかったんだもの、仕方ないでしょう」
 一歩、また一歩とユウリが後ずさる。泣きそうな顔をして、こちらに歩み寄ってくるジョルノに、本能的な恐怖を感じる。そして、王の逆鱗に触れてしまったという所感。まずいと思ったときにはすでに、ユウリは壁際に追い詰められていた。

「こんな…、ついさっきまで、他の男に愛されていたような匂い…」

 厚みのある長い毛束をひと房、手に取ると、ジョルノはくんと鼻先に近づけた。ユウリは咄嗟に「イヤ」と言った。憤怒の色を灯した雄の目が、その一言に大きく見開かれる。

「なにがイヤなんです」ぐっと髪を握りしめる。「こんなこと、男として我慢できません」

 少年の手の中で、ブチブチと音を立てて髪が切れる。ユウリの口からは、鼻にかかる呻き声がこぼれ出た。それはどこか喘いでいるようにも感ぜられた。

「ゴールド・エクスペリエンス」

 憤懣。哀傷。一切の負の感情を纏った激しい衝動。それらを押し殺して発した声は驚くほど静かなものだった。
 彼の声に呼応して現れた異形の男―――王のスタンド《ゴールド・エクスペリエンス》―――は、執務室のドアや壁を素早く殴りつけた。ユウリは、押し付けられている背中越しに、その衝撃を感じ、息をのんだ。

 生成りや薄いブルーで統一された室内に、鮮やかな緑が躍り出る。細く、けれどロープのようにしっかりとした蔓が、ゴオ、と音を立て、凄まじいスピードで飛び出してくる。成長し、急速にのびてゆく蔦は無数の手となって入り口を塞ぎ、そして、ユウリの体を壁面に張り付けた。

「なっ…」

 抵抗しようと思った時には、もう遅い。壁から生えた蔦は両の手首から肩にかけて、這い上がるような形でするりと巻きつき、やがてそのあちこちに蕾をつけた。脚も同じようにして、肩幅ほどひらかれた状態で縛られる。蕾はすぐに花開く。大粒の花を纏った女の肢体は、この状況に不釣り合いなほど美しく、蟲惑的だ。花葬、そんな言葉が真っ先に思い浮かぶ。首筋に巻きついた蔦の先にも、黄昏のような色合いの花が咲き、首飾りみたいだとジョルノは思った。

「綺麗ですよ」

 言葉とは裏腹な、冷酷な声。

「だからこそ許せません。ユウリ、こっちを向いて」
「…っ」

 頬を掴まれる。柔らかな表皮に爪が食い込んで少し痛い。

「舌を出して」

 言われたとおりに、あかんべえの要領で舌を見せる。その上にジョルノの舌が載り、歯を当てないよう、つつ、と奥までなぞっていく。根元に到達するより先に、くちびるが合わさった。柔らかいものを削り取るように、少年はゆっくりと、くちびるを開閉する。

「ン、…ふ」

 ユウリの鼓動が速くなる。興奮か、恐怖か、愛しさか。答えはきっと全てだろう。目先のジョルノの口唇に、ユウリは陶酔した。そしてそれは他でもなく、ユウリ自身が仕込んだキスだ。奪い、与え、包み込むようなキス。なんの経験もなかった小さな子ども―――自身の肉体でもって、性に関するすべてを叩き込んだ、幼い日のジョルノのことを、ユウリはうつろに思い出していた。

 成熟した女の肉体はまるで、ピンでとめられた昆虫標本のように、身動きがとれないでいる。かつてその手で一流に育て上げた美しい少年に、罰を与えられるのを、女はただじっと待っていた。「イヤ」と拒絶の言葉をくちにして、小さな頭を揺さぶった。

「イヤ?僕がイヤなんですか、ユウリ?」
「…ち、がう。そうじゃない」
 ははん、とジョルノが目を細めた。
「他の男に抱かれた体を見られたくない?」
 ユウリはゆっくりと頷いた。本当は、報告だけしてすぐに帰るつもりだったのだ。
 ジョルノは出来る限りの温和な笑みを浮かべると、言った。

「なにを生娘みたいなこと言っているんだか」

 少年らしいそれが一瞬にして悪魔の笑みに変わる。その一連の沙汰を目撃したユウリは恐怖に肩をふるわせる。ガリ、と骨っぽい音が聞こえたような気がした。うすい表皮を隔てた鎖骨に、ジョルノが噛みついていた。その衝撃が、彼女の体じゅうに巻きついた草花に伝わり、大きな花弁を上下にゆらす。

「痛い、ジョルノ…」
「がまんしてください。貴方だって、むかし、僕に同じようなことをした」
「そん、な…」

 痛みに喘ぐ喉元に、ジョルノはまた歯を立てた。こんなこと、果たして自分はジョルノにしただろうかと思い出す。その間にも、ユウリの体のあちこちには、若い歯形が刻まれていく。

「邪魔くさいですね」

 そう言うと、ジョルノはユウリのワンピースの襟ぐりに手を掛けた。よく似合っていますといつかジョルノが言った、レトロフラワーのワンピース。布地を掴む手に力をこめると、ユウリは悲鳴を上げた。同じような声を上げて、ワンピースは胸の谷間からへそのあたりまで引き裂かれた。

「きれいな体をしている」満足そうに笑う。「けれど」

 くさい。と、ジョルノは表情を変えずに言った。

「とてもにおいます。耐えられません。鼻が曲がりそうだ。とくにこのあたりがね」
「ッ!」

 鼻をひくつかせながら、ジョルノは彼女の恥丘にふれた。下着の中に手を差し入れる。うすく生えそろった陰毛、そこに絡みついた水気を指の腹ですくいとり、ジョルノは得意げな顔をした。「この濡れているのは果たして貴方のものだけなんですかね」とでも言いたげな表情だ。それともただ単に、こんな状況で濡らしている女を愉快に思っているだけかもしれない。
 下着から手を引き抜くと、ジョルノはそのあたりにのびていた蔓を一本、手に取った。ユウリの背後の壁から蔓はのびていた。くっと引っ張ると、尻の後ろから生えた蔓がまるでTバックのようなかたちで、下着を隔て、ユウリの割れ目に食い込んだ。

「あ…ン」

 ユウリの四肢が蔓を軋ませる。うっすらと汗を浮かべ、ユウリは天井を仰ぎ見る。

「何をぼうっとしているんです。自分で動いてください」

 ぼくは見ていてあげますから。と、二人きりの空間で内緒話をする。

「…っ」ユウリは下唇を噛み、顔を顰めた。やがて腰が動き出す。前後に少しゆらしただけで、尻から膣口、クリトリスまで、感じる部分すべてが、ストローほどの太さの生きた縄にこすれていく。

「はぁっ、あぁん…」

 ラベンダー色の下着ははじめから水っぽかったけれど、時間が経つにつれ、染みの範囲はどんどん広がっていく。細い肩になんとか引っかかっているだけのワンピースを完全に引き裂くと、早朝にカーテンを開け放つように振りはらった。ただの布きれになった花柄が、二人とそう変わらない場所に落下する。

 かくん、かくんと腰をゆすっていたユウリが、一度目の絶頂を迎えようとしていた。ジョルノは握っていた蔓を離した。途端に、ユウリの陰部を支配していた圧迫感が消える。やり場のない熱を湛え、ユウリは懇願するような瞳を向けた。

「ジョルノ…」
「ふふ」

 ジョルノが鼻にかかった笑いをもらす。いつもとはまるで立場が逆だ。ジョルノは他人に可愛がられ、ときには虐げられてこそ快感を覚えるタチだと思っていたのに。

「Mをこなす人間はサディストにもなれるんですよ」

 ユウリの心中を読んだかのようにジョルノは言った。「逆に言えば」

「サディストは決してマゾにはなれない。ねえユウリ。貴方が教えてくれたんですよ」
「っ!」

 言い切るのと同時。ジョルノは蔦を思い切り引っ張った。張り詰めた太い蔦に、敏感な部分が強くこすれ、予想外の刺激にユウリはつま先立ちになる。
 ブラジャーも取り払い、やわらかい水風船のような豊かな乳房がこぼれ出る。すでに勃ちあがった乳頭を、ジョルノは辺りに咲いた花びらでくすぐった。

「あん…あん…ダメ。こんなので…!あ、あ〜んっ」

 胸への刺激は些細なものだったが、一度エクスタシーに近づいた彼女の身体は素直に快楽を受け入れた。そしてまた絶頂を迎えようとしたそのとき、ジョルノはまた行為を中断するのだった。

「ジョ、ルノ…」
「そんな目で見ても無駄です。許しません」

 冗談めかしたその言葉が、ユウリの耳には酷く残酷な意味をもって響いていく。ジョルノの性器でも舌でも指でもなく、ただの花弁と蔦によって快楽の底に沈められ、絶頂に近づいたところでまた浅いところへ引き揚げられる。それを何度か繰り返されるうち、ユウリは、その思考回路すらおぼろげになってくる。

「ジョル、ノ…。もう、ダメ…。ヘンになるぅ…」
「ふぅん。少し見てみたいですね。ユウリがヘンになるところ」
「あん、いやぁ…」

 下着の上から、クリトリスを指で撫でつけられる。快楽とも麻痺ともつかない曖昧な感覚が、ユウリの体じゅうを駆け巡る。

「い、いやぁっ…。なんかヘンっ、おしっこ漏れちゃいそう」

 蕩ける、という言葉がまさにしっくりくるような、涙ぐんだ目と、ぽってりとした半開きのくちびる。ジョルノはふむ、と少し考えこむようにして、
「ここで漏らされたら困ります」
 と、裂くようにして下着を取り払った。

「ま、そういうのも嫌いじゃあありませんけど」
「はぁっ、はぁっ、ジョルノ〜…っ」
「ん?何です、ユウリ」
「ゆ…許して。お願い…」

 そう言いながら、もじもじと内ももをこすり合わせるユウリ。ショーツで隠されていた女陰は、それこそ漏らしてしまったかのようにびっしょりと濡れている。

「ふふ。ユウリ、腰がゆれていますよ」

 限界にほど近いユウリの肉体は腰だけでなく、その四肢すら小刻みに震えている。物欲しそうにくねる細腰を掴むと、ジョルノは空いた片手で、むっちりと程よく肉のついた右のふとももを持ち上げた。新体操選手のように片脚を高く上げた状態で、壁からのびた無数の蔦によって固定する。

「ん…、くぅ…」

 無理な姿勢を強いられているせいで、ユウリの表情がわずかに苦悶の色を帯びる。それを気づかうこともせず、ジョルノはボトムの中からいきり立ったペニスを取り出した。
 先端を軽く宛がっただけで、呑みこまれるようにして、とろけきった女の肉にすべてが埋まる。ジョルノを受け入れるユウリの膣は、やわらかいようで、張りつめてもいるようで、若いギャング・スターをいとも容易く甘美恍惚の涅槃へと連れ去ってゆく。

「あッ、あん、ジョルノ…ッ」
「ふっ、…あ、いいですよ、ユウリ…」

 腰を打ち付けられるたび、ユウリの背筋が快感にあわ立っていく。肌と肌がぶつかり合う、渇いているのか湿っているのか曖昧な音が、二人の結合部から聞こえてくる。

「あ、あっ」

 ジョルノの口から鼻にかかった声がもれる。彼はいくつになっても、情事の最中の喘ぎ声が過剰だった。本人も、それをずっと気にしていたが、今はそんなことを考える余裕もないらしい。女子のような声で啼きながら、ジョルノはただ快楽を貪り、夢中で腰を打ちこんでいく。

「あぁっ。もう、イクッ。出ますよ、ユウリッ」

 カクカクと腰の振り幅が大きくなり、最後に強く打ちつけるのと同時、ジョルノはその欲をすべて吐き出した。

「は…ァ、ジョルノ…」

 あたたかな液体が、胎内でぴゅっぴゅっと小さく噴き出される。それを感じとりながら、ユウリは、ずる、と引き抜かれるペニスに身悶える。その眼はどこか物欲しげに少年を見上げている。

「ジョルノ、ねえ、私、まだ…」

 はあ、と熱い吐息が、射精後の倦怠感に苛まれるジョルノの頬をくすぐった。彼女はまだ達していなかったのだ。

「ふ…」そんな彼女に、ジョルノは口元だけで笑ってみせる。「バカなユウリ。これくらいで許されるとでも思ったんですか?」

「僕が仕事を終えるまで…貴方は此処で、体の疼きに耐えながら待っていてください」
「ッ、な…」
「そうすれば他の男の忌々しい匂いも消えるでしょう?」
「―――っ」

 青褪めた表情で項垂れるユウリに、少年は背を向けた。彼女に見えない角度で、唇を歪めて、笑う。Mをこなす人間はサディストにもなれる。サディストは決してマゾにはなれない。そんな彼の言葉――、ひいては遠いむかし、自分自身で言った言葉を、ユウリは霞んだ脳内で反芻した。




2013.09.03
一周年フリリク/攻めジョルノでリクエストしてくださったトキ様へ
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