私の愛したエバーグリーン
 羞恥心も、行き過ぎるとどうやら慣れてくるらしい。
 まるで他人事のように、そんなことを思う。乳白色の湯にその豊満な肉体をとっぷりと肩まで浸け、ユウリはふうと一息吐いた。湯船の上辺を埋め尽くす、きめの粗いバブルバス。その一部が、ユウリの吐いた息でふわりと飛んでいく。泡でできたクッションの表面は、まるでくり抜かれたかのように丸く削れていた。

「シャボン遊びか?」

 背後から愛しい低音が聞こえてくる。同時に、抱えるようにして腕をまわされる。へそのあたりを彼の手がかすめ、ユウリは「ひゃっ」と思わず、飛び退きそうになってしまう。

「やるか?シャボン玉」

 材料はあるハズだぜ、と立ち上がろうとする彼に、あわてて「ちがうの」と制止をかける。咄嗟に彼の手を掴んでいた。

「そういうつもりじゃあなくって…」

 もじもじしながら、ブチャラティと自分の指先を絡め、俯く。ミルクの色をした湯は、互いの体の輪郭さえ不鮮明にしており、どれだけ覗き込んでも肌が透けることはない。そうでなければ、いくらブチャラティの頼みとはいえ、混浴の誘いなどユウリが聞き入れるはずもない。

 ブチャラティは普段、ユウリの嫌がるようなことは決してしない。いつだって、自分よりも他人を優先して、それを鼻にかけることもなく、無茶なわがままだって滅多に言うことはない。そんな彼に人望が集まるのも当然のことだとユウリは思う。無差別に近い彼の優しさを、ユウリは愛していた。

 ブチャラティはきっと自分自身でも知らないうちに、ストレスやフラストレーションを溜めこんでいる。それを知っているからこそ、ユウリは、たまに零れる彼のわがままくらいは聞いてあげたいと思うのだ。

(…まぁ、さすがに、突然『一緒に風呂に入ろう』って言われた時はびっくりしたけど…)

 ブチャラティとは、長い片思いの期間を経てようやく、恋人という立場になれた。体の関係もすでにあり、数えきれないくらいの回数、彼と肌を重ねてきた。
 それでも、いくら肉体が発達しているとはいえ、ユウリはまだ少女と呼ぶべき年齢である。それに、心はまだほとんど生娘同然のユウリには、ブチャラティとの混浴など、いくらなんでも無理がある。どう考えても、そこには抵抗しか存在しない。
 と、頑なに拒み続けていたユウリだったが、結局のところ、ミルク風呂にして体を見えないようにすればいいという提案と、
「…ダメか?」
 そう眉尻を下げる、困ったような彼の笑顔につい、本当についうっかり、承諾してしまったのだった。
 はじめは恥ずかしくて死んでしまいそうなほどだったが、背後のブチャラティが甚く嬉しそうに抱きしめてくることと、乳白色の湯船が意外なほど濁り、不透明だったので、その強烈な羞恥心はやがて薄れていった。それどころかこの現状に対してあらぬ欲望を抱いてしまうほどである。ふしだらな女だと思われたくはなく、そんなこと、間違っても口に出さないけれど。

「…んっ」

 不意に、肩口にやわらかいものが押し当てられる。

「ぶ、ブチャラティ…」

 ぬる、と舌が這い上がってきて、やがて耳元に到達する。必要以上の水気を纏った、熱っぽい舌が、くちゃ、とわざとらしい音を立て、ユウリの薄っぺらなイヤーロブを蹂躙する。声が出そうになるのを必死でこらえていたが、無駄だった。愛撫に酷似したその刺激に、ユウリが耐えられるはずもなかったのだ。

「ふ…ぁ…」

 むせかえるような湿度で満たされた、小狭いバスルームに、少女のか細い声が溶けていく。
 責められているわけではない。少々過度だが、これはたんなるスキンシップだ。それなのに、こんな、感じているような声を上げてしまうのが、ユウリはたまらなく恥ずかしい。

「ん…」

 頬を掴まれ、無理やり、横向きにされる。「っ」後ろから覗きこむような形で、くちびるを塞がれた。ちゃぷん、と水面がゆれる。ブチャラティの熱い鼓動を、ユウリはその身体で感じとっていた。
 自宅のものに比べると、ずいぶん小さな湯船だが、それがかえってブチャラティとの密着度を増すので、結果オーライと思っておこう。

「ン…ぅ」

 いつもの前戯じみたそれではなく、ちゅく、と音で遊び、啄むような口づけだった。くちびるが離れると、刹那、視線がかち合う。その視線は優しく、愛しく、けれど荘厳で、どこか、尊さすら感じさせる。まるで縋るような眼だとユウリは思った。顔はうっすらと微笑んでいるのだけれど、その眼はまるで、母に置いてゆかれた子どものように悲しげだ。人前では滅多に弱いところを見せようとしないこのひとが、二人きりのとき、こんなふうに甘えてくるのが大好きだった。

「疲れているのかもな」

 と、自分に言い聞かせるように笑うブチャラティ。細められた眼。その黒目の部分には、のぼせたような表情のユウリが映り込み、彼女自身をじっと見下ろしている。彼の眼は角度によって、藍にも常盤の色にも見える。
 はぁ、と生あたたかな息が吐き出され、辺りの湿気や泡が散っていく。先程までくちびるを寄せていた細い肩口にそっと顎を預け、ブチャラティはまたユウリを抱きしめた。華奢な腰を囲う、その腕のゆるさを、ユウリはもどかしく思う。そして、この続きがあるのかどうか、不埒な期待に、はしたないと思いつつも胸を高鳴らせるのであった。




2013.08.12
一周年フリリク/甘えるブチャラティでリクエストしてくださったはく様へ
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