果実にも似て
 自分から望んできたくせに、カタカタと小さく震えるその華奢な肩口に、思わず吹き出してしまいそうになる。

「ねえ、怖いの?」びく、と体が跳ね上がる。「どうする?やめとく?」

「い、いえ…」
「続行で良いのね?」

 青い顔をして椅子に腰かけるフーゴ。今にも吐きそうな顔をしている彼に、少しでもリラックスしてもらおうと肩を撫でる。

「安心して、すぐ終わるから。大した痛みじゃあないわ」

 そりゃ、まあ、太い針が体の一部に貫通するのだから、完全に無痛というわけにはいかないけれど。
 白いゴム手袋を嵌めながら、さて、とフーゴに向き直る。ぎゅうっと目を瞑っているフーゴの耳たぶに、チョンとマジックの先を押し当てる。

「ッ!!??」

 ガッタン、と椅子がぐらつく。予想通りの反応だ。

「今のはただのマーキングよ。そんなに驚くことないでしょ」

 ふふ…と思わずこぼれ出た笑みを、ゴムくさい右手で覆い隠す。フーゴの右耳には、マジックでつけられた小さな黒点がぽちっと浮かんでおり、それはまるでほくろのようだった。
 油断している彼のもう片方の耳たぶにも、同じようにしてマーキングを施した。今度はあまり狼狽えることはなかったが、やはり緊張は拭いきれないようで、薄っぺらな唇はきゅっと一文字に結ばれたままだ。
「次が本番よ」と冗談めかして言うと、フーゴはいよいよかと大きく息を吐き、背を丸めた。

「そんなに怖がらなくたっていいじゃない」

 ピアスが欲しいと言い出したのはフーゴの方なのに。
 私の愛を形にして欲しがった彼の為に、数日前にピアスを買った。彼の気に入ったものの中で、いちばん彼に似合うものを、と、二人そろって選んだのだ。いろいろ迷ったけれど、結局、彼の好きなイチゴをモチーフとしたピアスに落ち着いた。

 そこまではいい。問題はピアスホールだ。彼のイヤーロブはまだ綺麗なままで、はじめからピアッシングも私頼みだった。それなのに、肝心のフーゴの方が、いまいち肚が決まらず、今日まで延びたというわけだ。自分から望んでおいて、今更怖気づくなんて…。そんなところも可愛いけれど、私だってそう気の長い方じゃあない。自慢ではないが、やると言ったらやる、思い立ったら即行動、有言実行が私のモットーだ。

 ピアッシングニードルの入った除菌パックを素早く破り、フーゴを椅子に深く座らせる。背もたれに思いきり身を預けさせ、力を抜いて、と耳元で囁いた。

「痛いのは一瞬よ。安心して、口内炎の方がよっぽど痛いから」
「ほっ、ほんとですか…っ?」
「ほんとよ。だから、体の力を抜いてちょうだい」

 痛みに怯える彼の体は、いくら言っても、重しを載せられたかのようにピキピキとこわばって硬いまま。仕方がないので、ピアスと同じ柄のネクタイをくっと引っ張り、こちらを向かせる。
「ん…!」少年らしからぬ艶美なウィスパーボイスが耳にふんわりと溶けていく。口づけの瞬間、彼の体はさらに緊張し竦み上がってしまったが、内側の粘膜や舌を丁寧に愛撫してやると、息が荒くなるのに比例して、徐々に脱力していった。
 何度か唾液と舌のやり取りをし、そろそろいいかと言うところで、最後にちゅっと軽く口づける。「あ、あぁぁ…」唇を離すとすぐに、フーゴは紅潮しきった顔を両手で覆った。「あなたって人はッ…」

 一人掛けのソファで膝を丸め、悶えるフーゴ。指のすき間からこちらを窺う目元は赤く、うっすらと涙が滲んでいる。リラックスさせるつもりが、どうやら逆効果だったらしい。

「しょうがないわね…」

 はァ、と大きく息を吐いてから、彼の小さな鼻先に軽くキスをした。
 再度、背をもたれ掛けさせ、ニードルを持ち直す。その太さは注射針と同じくらいだろうか。フーゴがその針先に怯えたような表情を見せた。確かに彼はどこか腺病質な印象があり、注射や採血なんかが苦手そうだ。

「すぐ終わるから。ほら、大きく息吐いて」

 はぁぁ、と素直な深呼吸が聞こえてきたので、私も体勢を整えた。利き手にニードルを持ち、先ほどマーキングした箇所に宛がった。

 まずは表皮。ウインナの皮を突き破ったような、ぷつっとした感覚。

「う」

 表情をくしゃっと歪ませ、フーゴが呻く。それと同時に、一思いに針を貫通させた。
 出血はなく、プレゼントしたピアスを手早く装着する。カチャカチャと玩具のような音がした。

「はい、おしまい」
「え、もう?」きょとん、とこちらを見上げるフーゴ。「もう終わったんですか?」
「そうよ、見てみたら」

 手鏡を渡すと、フーゴはいそいそとそれを覗き込んだ。自身の耳元を確認して、唇はすこし尖らせたままだけれど、ほっこりと満足そうな表情。
 思えば、ピアッシングは愛撫とも、ひいては性交ともどこか似ている。無垢でうぶな肌に苦痛を刻み、狭苦しい穴をこじ開け、粘膜にふれる。そうして、傷の発した熱と、針の冷たさ、相手の指先にすべてを委ねる。なんともそそられる話じゃあないか。そう考えると、俄然やる気がわいてくる。

「さて。もう片方もやっちゃいましょうか」

 腰に手を添え、そう問えば、フーゴは大人しく頷いた。思っていたよりも痛くない、と安堵しているようだった。

「あ。でも、待ってください、その前に」

「ん」フーゴを見下ろすと、何やら歯切れ悪くもじもじと指先を絡め合わせている。ちら、とこちらを見上げる視線。それがなにを望んでいるのか、もはやわからない私ではない。

「しょうがない子ね」

 色素の極端に薄い前髪をくしゃ、とかき分ける。すこし屈んで、そのくちびるに触れてやると、彼は満足そうに目を閉じた。




2013.08.11
一周年フリリク/フーゴでリクエストしてくださった匿名様へ
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