1.喜んだ……のか?
 なぜ私は昼休みにわざわざ自分以外の人間に茶を淹れたりしているのだろう。こういうことが面倒だから、職員室には滅多に寄り付かず、この化学準備室に引きこもっているというのに…。

「ほら。お茶」

 わざとガチャンと音を立てて、冷えた麦茶をテーブルに置いた。
 教頭が趣味で作った湯呑み。まるで岩のようにごつごつしたそれを、訝しむような目で見つめてから、空条君はぐいとひとくちに煽った。

 …お礼の一言くらい、あってもバチは当たらないと思うのだけれど。
 何食わぬ顔で弁当箱を開ける空条君をジト目で見下ろす。
 しかしまあ、そんなことは元より予測の範疇だ。気にしていたら私の方が持たない。
 淡いピンク色の湯呑みに入った、自分用の麦茶を持って、空条君の隣に腰かけた。
 星柄の、これまたピンク色のランチクロスをほどき、弁当箱を広げる。

「いただきます」

 空条君とこうして昼食をともにするようになったのは、ごく最近のことだ。
 空条君と知り合ってから程なくして、ファンの女の子達からの避難場所として、彼は休憩時間や授業中にこの化学準備室を訪れるようになっていた。もちろん、私がいないときであっても、彼は臆面もなくこの部屋に居座っている。
 はじめはいちいちそれに腹を立てて追い出したりもしていたが、最近ではもう半ば諦めている。仕事の邪魔さえしなければいいやと思うようになっていた。無口で不愛想な彼は何を考えているのかまったくわからなくて、とても扱いづらいけれど。

 空条君はいつも重箱のような大きな弁当箱を持ってきている。それをぺろりと平らげてしまうのが流石だけれど、その弁当を朝早くに作っている人がいるというのもまた驚きだ。
 横目でちら、と中身を見てみれば、定番のおかずばかりだが彩りも鮮やかでとてもおいしそう。ハートの形になったかまぼこを無言で食べる空条君がなんだか可笑しかった。

「なに笑ってやがる」
 愛されているなあ、と思う。
「別に? ねえ。そのお弁当、お母さんが作っているの」
「だったら何だ」

 威嚇するような目。まあたしかに、空条君みたいな年頃の男の子が、母親のことを語るのは少し恥ずかしいのかもしれない。

「その卵焼き、ひとつちょーだい。私の卵焼きあげるから」

 はい、と朝方作った卵焼きを彼の目の前に差し出す。
 空条君の動きが一瞬、止まった。
 何かを理解するようにまばたきを数回繰り返し、空条君は卵焼きをぱくりと頬張った。形のよいくちびるがむぐむぐと動く。

 これは、私も食べて良いってことよね。
 そう勝手に結論付け、空条君の弁当箱に箸をのばした。

「あっ。おいしい」

 ちゃんとしただし巻き卵だ。料理上手なお母さんだなぁ。
 そう言おうとしたけれど、隣からぬっとのびた箸が私の弁当箱から卵焼きを掠め取っていったので、意図せず言葉が引っ込んだ。

「く、空条君?」

 彼の意外な行動に困惑を隠せない。けれど空条君はそんな私のことなど気にもせず、また私の弁当箱に箸をのばす。
 最後の卵焼きが奪われる。大して味わう様子もなく、いつもと同じ無表情である。もくもくと動く頬が少し可愛い。

(これは…おいしいってことで良いの?)

 思わず首を傾げたくなった。これは、喜んでいるのだろうかと。
 困惑気味に見つめてみるが、
「見てンじゃあねえ」
 と威圧され、私は考えるのをやめた。




2013.07.09
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