02
 DIOは、この聡明な少年に対して肉の芽を使用しなかった。
 身も心も、ありのままの花京院典明をDIOは欲した。肉の芽による支配は簡単だが、その力に頼り花京院典明を縛り付けることを、DIOは良しとしなかった。

「あの少年は良い眼をしている。肉の芽で洗脳してしまうには惜しい」

 私を自室に呼びつけるなりDIOは言った。その言葉が何を意味するのか、そのときの私にはわからなかった。

「どういうつもり?DIO…」
「察しが悪いな」

 ふ、と鼻で笑ってみせる。

「男を堕落させるのは、美しく狡猾な女と相場が決まっている。いつの世もそれは変わらないのだよ」

 まばゆいほどの夜闇を纏い、どこか芝居掛かった口調でDIOは言った。「同じ日本人だ。やりやすいだろう」
 それを聞いて真っ先に浮かんだのは、大泥棒の三代目が主人公となっている、日本のアニメ作品に登場するヒロインのことだった。
 大胆で野心家で、時に味方すら欺く、狡賢くも美しい『悪い女』。私にあんな女になれと言うのか。
 すれ違いざまに一瞬だけ見えた、少年の、生気のない瞳を思い出す。

「でも…。DIO、私…」
「どうした。人殺しは躊躇わない癖に、子どもに色事を仕込むのは気が引けるのか」

 ―――私に拒否権は無い。そのことを、DIOの背後に立ち無言で威圧するザ・ワールドに、否が応でも思い知らされる。
 私は視線を下方へ移した。

「そうじゃないわ。なんとなく、嫌な感じがしただけ」

 そのまま両手をもじもじともてあそぶ。

「気が進まないわ。あの子、なんだかあまり良くない気がする」
「お前の第六感がそう言っているのか?」

 その問いに、視線だけで頷いてみせる。
 DIOはフム、と何か考えるそぶりを見せるが、不穏な微笑みでもってそれを打ち消した。

「お前の勘は良く当たる。…が、今は私を信じろ」

 白く、長い指先で唇をなぞられ、快感ではない刺激に体が震える。
 吸い込まれるようなルベウスの瞳。妖艶な魔力を持つこの瞳に逆らうすべを私は知らない。

「私はあの少年の総てが欲しい。お前の力で狂わせてみろ」

 歌うような妖しい声が、夜の闇に溶けていった。



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