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 岸辺邸の台所に立つのも、もう、ずいぶんと久しぶりだ。
 新調したエプロンを巻いて、ユウリは、軽やかな手つきでフライパンを振るっていた。
 久しぶりの、露伴との食事。黙っていればまったく野菜を摂ろうとしない露伴の為に、八宝菜を作ることにした。エビと豚肉を少し多めに入れてみる。

(露伴先生、食べてくれるかな…)

 中華返しで具を炒めながら、ユウリは、好きにしろ、と言った露伴の顔を思い浮かべた。途端に、胸の奥がきゅう、と窄まった。







 露伴はと言えば、自室のソファにどっかと座り込み、雑誌を読んでいた―――…のだが、どうも集中力に欠け、先ほどからそわそわとドアの方に視線を配っていた。
 気持ちがまったく落ち着かない。ユウリが自分を避けていた頃は、あれだけ会いたくて、話したくて仕方がなかったというのに、いざこうなった場合、どうしたらいいのかまるでわからないのだ。

『私、まだ、露伴先生と一緒に居たいんです。もう一度…私の作った料理、食べてくれませんか?』

 …思い出すだけで口元が緩む。なんとも健気な話じゃあないか。
 あれだけのことをして、あんなにもユウリを傷つけてしまった自分に、彼女はまたふたたび歩み寄ってきてくれた。本当は、謝らなくちゃならないのは、自分の方だというのに。

 …食事を終えたら、あのときのことを謝ろう。昼食の礼も忘れずに。

(………って、……)

 ―――このボクが?ユウリに?そんなこと…

 …言える気がしない。
 この岸辺露伴という男は先天性、しかも重度の天邪鬼。すまなかった、ありがとう、という簡単な一言すら、口に出すことができないのだ。
 もしもこの場に、彼の姉的存在であった幽霊の少女が居たならば、呆れながらもこう言っただろう。「バカね、露伴ちゃん」と。

「意地を張っても良いことなんて何もないのよ。…一言謝るだけで、二人とも、きっと、もっと楽になるわ…」

 天に昇ってゆくときの、彼女の、安らかな表情を思い出す。
 遠い昔に出会い、そして消失した一人の少女。彼女と過ごした日々の記憶は確かに、露伴の中に息衝いている。

(………努力は、してやるよ………)

 この台詞を他人が聞いたら、あまりの傲岸不足ぶりにズッコケそうなものであるが、露伴にしてはまあ、良く出来た方だろう。

「…露伴先生、あの」

 そうこうしているうちに、部屋のドアをノックされる。どうやら昼食ができたらしい。

「…ああ、今行く」

 わざと興味のないようなふりをして、露伴はゆっくりと立ち上がった。







 久しぶりの、二人で囲む食卓は静かなものだった。
 言葉はなくとも、自分の作った料理を露伴が完食すると、ユウリは嬉しそうな顔をした。

「ニヤニヤしてるんじゃあないぜ」

 食器を片づけるユウリにそう言えば、彼女はすいません、と困ったように笑うのだった。

(…く、…っ)

 早く、あのときのことを詫びなければ。
 そうは思うのだが、気ばかりが焦って、肝心の言葉が出てこない。

(くそ…、相変わらずヘラヘラしやがって…)

 お陰で、素直に謝る気が失せてしまいそうだ。
 早くしなければ、ユウリが帰ってしまう。行って欲しくない。彼女を繋ぎとめておきたかった。

「そうだ、先生。今日の三時半から、原画展の打ち合わせがあるって聞いてますよね?」
「ああ」
「それならよかった」

 ちゃんと忘れずに行ってくださいね、と言いながら、帰り支度をするユウリ。
 露伴は、気づけば彼女の腕を引いていた。「待てよ」

「帰るつもりか?まだキミの仕事は終わってないだろ」

 それが精一杯だった。露伴はそれだけ言うと、キョトンとこちらを見ているユウリに背を向けた。

「…僕は今から仮眠する。それまでに家事を終わらせておけよ」
「…えっ、と、それは別に良いんですけど…、時間になったら起こした方が…?」
「バカ言うな!一人で起きれるに決まってるだろッ」

「僕の睡眠のジャマをするんじゃあないぞッ!」
 ヒステリック気味に声を荒げ、露伴はまたふたたび自室へと戻っていった。

 ダイニングに一人取り残されたユウリは、えっと…?、と小首を傾げ、考える。

(それって、つまり…)

 ―――まだ此処に居て良いってことですか?

 露伴先生、と、ユウリは泣き出しそうな顔でつぶやいた。




2013.06.28
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