21 岸辺邸の台所に立つのも、もう、ずいぶんと久しぶりだ。 新調したエプロンを巻いて、ユウリは、軽やかな手つきでフライパンを振るっていた。 久しぶりの、露伴との食事。黙っていればまったく野菜を摂ろうとしない露伴の為に、八宝菜を作ることにした。エビと豚肉を少し多めに入れてみる。 (露伴先生、食べてくれるかな…) 中華返しで具を炒めながら、ユウリは、好きにしろ、と言った露伴の顔を思い浮かべた。途端に、胸の奥がきゅう、と窄まった。 露伴はと言えば、自室のソファにどっかと座り込み、雑誌を読んでいた―――…のだが、どうも集中力に欠け、先ほどからそわそわとドアの方に視線を配っていた。 気持ちがまったく落ち着かない。ユウリが自分を避けていた頃は、あれだけ会いたくて、話したくて仕方がなかったというのに、いざこうなった場合、どうしたらいいのかまるでわからないのだ。 『私、まだ、露伴先生と一緒に居たいんです。もう一度…私の作った料理、食べてくれませんか?』 …思い出すだけで口元が緩む。なんとも健気な話じゃあないか。 あれだけのことをして、あんなにもユウリを傷つけてしまった自分に、彼女はまたふたたび歩み寄ってきてくれた。本当は、謝らなくちゃならないのは、自分の方だというのに。 …食事を終えたら、あのときのことを謝ろう。昼食の礼も忘れずに。 (………って、……) ―――このボクが?ユウリに?そんなこと… …言える気がしない。 この岸辺露伴という男は先天性、しかも重度の天邪鬼。すまなかった、ありがとう、という簡単な一言すら、口に出すことができないのだ。 もしもこの場に、彼の姉的存在であった幽霊の少女が居たならば、呆れながらもこう言っただろう。「バカね、露伴ちゃん」と。 「意地を張っても良いことなんて何もないのよ。…一言謝るだけで、二人とも、きっと、もっと楽になるわ…」 天に昇ってゆくときの、彼女の、安らかな表情を思い出す。 遠い昔に出会い、そして消失した一人の少女。彼女と過ごした日々の記憶は確かに、露伴の中に息衝いている。 (………努力は、してやるよ………) この台詞を他人が聞いたら、あまりの傲岸不足ぶりにズッコケそうなものであるが、露伴にしてはまあ、良く出来た方だろう。 「…露伴先生、あの」 そうこうしているうちに、部屋のドアをノックされる。どうやら昼食ができたらしい。 「…ああ、今行く」 わざと興味のないようなふりをして、露伴はゆっくりと立ち上がった。 久しぶりの、二人で囲む食卓は静かなものだった。 言葉はなくとも、自分の作った料理を露伴が完食すると、ユウリは嬉しそうな顔をした。 「ニヤニヤしてるんじゃあないぜ」 食器を片づけるユウリにそう言えば、彼女はすいません、と困ったように笑うのだった。 (…く、…っ) 早く、あのときのことを詫びなければ。 そうは思うのだが、気ばかりが焦って、肝心の言葉が出てこない。 (くそ…、相変わらずヘラヘラしやがって…) お陰で、素直に謝る気が失せてしまいそうだ。 早くしなければ、ユウリが帰ってしまう。行って欲しくない。彼女を繋ぎとめておきたかった。 「そうだ、先生。今日の三時半から、原画展の打ち合わせがあるって聞いてますよね?」 「ああ」 「それならよかった」 ちゃんと忘れずに行ってくださいね、と言いながら、帰り支度をするユウリ。 露伴は、気づけば彼女の腕を引いていた。「待てよ」 「帰るつもりか?まだキミの仕事は終わってないだろ」 それが精一杯だった。露伴はそれだけ言うと、キョトンとこちらを見ているユウリに背を向けた。 「…僕は今から仮眠する。それまでに家事を終わらせておけよ」 「…えっ、と、それは別に良いんですけど…、時間になったら起こした方が…?」 「バカ言うな!一人で起きれるに決まってるだろッ」 「僕の睡眠のジャマをするんじゃあないぞッ!」 ヒステリック気味に声を荒げ、露伴はまたふたたび自室へと戻っていった。 ダイニングに一人取り残されたユウリは、えっと…?、と小首を傾げ、考える。 (それって、つまり…) ―――まだ此処に居て良いってことですか? 露伴先生、と、ユウリは泣き出しそうな顔でつぶやいた。 続 2013.06.28 |