ベイビースターダスト01
 ―――困った事になった。
 見慣れた自宅の天井を見上げながら、ユウリはぼんやりと考えていた。

「ユウリさん」

 急に天井が見えなくなる。その代わりに、教え子である花京院典明が、今までに見たことのない顏で、ユウリを見下ろしていた。

「か、花京院君、ちょっと待って、落ち着いて」
「お…落ち着いてますよ」

 ウソばっか!
 顔は真っ赤だし、手は震えてるし…、と、出かかった言葉を、ユウリはぐっと飲み込んだ。



(もうっ、なんで、こんなことに………!)

 じりじりと身動ぎしつつ、ユウリは、数ヶ月前のことを思い出していた。

 花京院はユウリの教え子である。
 教え子といっても、学校が絡んでいるわけではなく、家庭教師と生徒、という関係であるのだが。

 花京院が高校に入学して間もないころから、彼の勉強を見てきたユウリ。
 気付けば二年も半ば、というところで、ユウリは彼にある提案をした。

「次のテストで全教科90点以上取れたら、ユウリ先生がご褒美をあげるわ」

 それはたしか、数学を教えているときだったような気がする。 花京院は奔らせていたペンを止め、呆然としたような顔でユウリを見た。

「…本当ですか?」

 その、花京院の大袈裟な反応に違和感を覚えながらも、ユウリは本当よ、と頬杖をついた。

「なにが良いかしら。どこかに美味しいものでも食べに行く?」

 デートみたいね、と笑ってみるが、花京院は唇を噛んだまま動かない。
 不思議に思い顔を覗き込む。花京院は何か考えているようだった。
 そうして暫しの沈黙ののちに、甚く真面目な表情で花京院は言った。

「ユウリさんの家に行きたい」と。

 





(―――で、なんでこうなるのよっ!!)

 ユウリさんと一緒に買い出しをして、ユウリさんの家に行ってそれで、ユウリさんの手料理が食べたい。
 花京院はそう言った。ユウリもまたそれを、何の疑いもなく信じていた。………花京院に押し倒されるまでは。

「ちょっと!?花京院くんっ!?」

 何するの!?と暴れるユウリの唇を、花京院は自身のそれで塞いだ。

「ん…ッ!?」

 歯と歯が当たって、かち、と小さく音を立てる。乱暴に出し入れされる舌と、貪るような唇。
(なにこれ…っ)
 はっきり言って、下手だ。流れに任せて欲情してしまうようなものでは到底なく、それがユウリの冷静さを余計に増幅させた。

「か…花京院くんてばっ!」

 抵抗しても、力の差があり敵わない。それならいっそ、と花京院の体を抱きしめてやる。
「…ユウリさん」
 ようやく大人しくなった彼の頬を両手で押さえ、ユウリは、もう、と、怒りよりも呆れに近い溜息を漏らした。

「いきなり何するの。びっくりするじゃあない」
「………ゴメン。でも、ぼく…」

 シュンとなる花京院。子犬みたいだなとユウリは思った。
「ん」
 真っ赤な顔が近づいてきたと思ったら、またふたたび口づけをされる。一瞬ののちに、ちゅ、と小さな音を立てて、彼の唇は離れていった。

「ユウリさんが好きだ」

 返事すら聞かずに、花京院はふたたび、ユウリの体をベッドに沈めた。

(ああ…)
 ユウリは思った。
 困ったことになった、と。



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