刹那の傷跡 夜闇のベールが部屋のあちこちを包み込み、月明かりの青白さをより一層際立たせる。深海のようなこの風景に溶け込み、ワインに口を付けている男が一人。まるで絵画のような光景。 その背後からのびる白い腕があった。腕は男の首に絡みつき、その指先はつつ、と顎のラインをなぞる。ソファの背もたれが二人が密着するのを邪魔していた。 「どうした」猫にでもするように、顎をくすぐる。「腹でも減ったか」 「うん」 言うと、ユウリはそれこそ猫のような動作で身をひるがえし、ソファにくるんと腰を下ろした。プロシュートの膝に乗り、甘えるようにふたたび、腕を絡める。 プロシュートはワイングラスを置いた。ガラス張りのテーブルはグラスとの境界線を曖昧にする。それらの光景を溶けあわせながら、プロシュートは、ユウリの牙が、自身の首筋に押し当てられるのを感じていた。 「………っ」 はあ、と、プロシュートのくちから吐息がもれる。血液が急激に失われていく中、熱い何かが体じゅうを駆け巡っていく。アタマのてっぺんから、つま先までもが、じんじんと痺れ出してくる。 彼女の媚薬はスペシャルだった。即効性で、持続時間も長い上、おそろしいほど効き目が強い。女慣れしているプロシュートでも、彼女に初めて血を吸われたときは足腰が立たなくなったほどである。 すう、と色づきだしたプロシュートの肌を、ユウリが手と舌で愛撫する。胸元の大きく開いたスーツは、そっと手をすべらせるだけで、はらりとソファに落ちていく。 ユウリの唇から、プロシュートの血が、彼自身の腹に滴り落ちる。 「あ」 もったいない、とユウリはその血を舐めとった。プロシュートの腰がぶるりと震える。 「アナタの血って最高だわ…」 もう味のしない白い表皮を、彼女は執拗に舌で追いかける。プロシュートの肌はシミひとつなく、とても、なめらかだった。 「はッ…」 額に汗を浮かべ、プロシュートは、ベルトを外して、下着ごとボトムをずり下げた。何か言われるまでもなく、ユウリは、すでにかたく勃ち上がったそれの先端に口づけた。 彼と、彼自身とを、愛しげに見つめ、裏筋や玉の部分に何度も何度もキスをする。 すっかり熱くなった手のひらが、優しく頭を撫でてくれるのが嬉しくて、ユウリは夢中で彼のペニスを舐めた。 彼女はいつだってプロシュートの優しさに甘えていた。言動こそ粗暴だが、彼は、なんだかんだ言って面倒見がよく、優しいのだ。 こんな役立たずの自分を、プロシュートは捨てないでいてくれる。腹が減ったと言えば餌をくれる。普段の扱いがどんなものであっても、ただそれだけで、ユウリは彼を信じていられた。死んだ夫のような無償の愛とはすこし違うけれど、プロシュートの存在はユウリにとって唯一の生きる希望であった。 プロシュートの身体はその何もかもが美しい。指先ひとつ、まばたきひとつをとっても、彼のそれは洗練されすぎている。 人間離れした造形美は溜息が出るほどだが、しかし、ナミダを湛えて天を向いている男性器は、その整った容姿に似合わずひどく動物じみていて、とても、いとおしかった。 冷徹な暗殺者としてでなく、メローネたちの知るチームメイトの姿でもない、ユウリだけが知っている、ありのままのプロシュートの姿。 本能に突き動かされたそのさまは、他のどんな光景よりも美しかった。 「はあ…プロシュート」 ユウリは下着代わりの黒いキャミソールを脱ぎ捨て、白い乳房を露わにすると、プロシュートの胸板に手をすべらせた。そのままゆっくりと押し倒すと、脱力しきったプロシュートははらりとその身をソファに横たえた。 脚の間に顔をもぐり込ませ、びくびくと脈打つペニスに舌を這わせる。 「ッ」 プロシュートの腰がふるえた。唇を噛み、左手で顔を覆い隠して、静かに息を吐いている。彼は、攻められているときに、あまり声を上げたりしない。プライドが高く、気の強い彼らしいと、ユウリは常々思っていた。 ちゅう、とわざと音を立てて先端部分を吸い、だらしなくひらいた鈴口は細くした舌で愛撫する。先走りの汁をモノ全体にぬりたくり、手と舌で強く扱いてやると、程なくして、プロシュートは射精した。ユウリはそれをくちで受け止め、射精が終わっても、中に残った精子をちゅうちゅうと吸い出している。 「馬鹿…もう出ねえ」 そう言って、大きな手のひらがユウリの顔を引き離す。紅い唇から透明な糸が引いており、プロシュートは親指の腹でそれを拭った。 自身の唇を這う親指に噛みつきながら、ユウリはプロシュートに跨った。いつになってもユウリの媚薬効果に耐性のつかない彼の性器はまだ萎えることはなく、下着越しにユウリの割れ目をぐいぐいと押している。 プロシュートが珍しく性急な手つきで、ショーツをずらす。 「ハッ」 濡れまくってんじゃあねえか。そんなふうに鼻で笑うと、テラテラと濡れ光ったそこを、プロシュートは指の腹でつつ、となぞった。 「ん…ぁん」 ペニスで肛門をつつきながら、ぱっくりと割れた陰部を指でこする。時折指がつるりと入りそうになるが、すぐに引き抜いて、浅い部分だけを愛撫する。素直に声をもらす彼女が可愛かった。 「ぁ…ん、もぉ…入れて、い?」 聞きながら、しかしもう既に入り口にペニスを宛がっている。プロシュートは返事をするかわりに腰を突き上げた。 「あッ」 予期せず奥まで一気に挿し込まれ、ユウリは声にならない声を上げた。腹に手をつき、背をまるめて、びくびくと体をこわばらせている。 「ひゃっ」 ツンと張りつめた乳首をつまんでやると、ユウリは弱々しい声とともに顔を上げた。涙を滲ませてプロシュートを見やり、思い出したかのように腰を動かしはじめる。 「あッあッ…ぁ…ん、ぅん」 はじめはゆっくりと、けれど次第に、加速した欲望の赴くままに、激しく腰を振っていく。 プロシュートは目を細め、はァ、と小さく息を吐く。おかしいくらいに感じていた。背筋のあたりがあわ立っていた。 それを気取られないように、目の前でゆれる乳房、その先端を指ではじき、時折爪を立てて、もてあそぶ。ユウリが、痛、と顔をしかめても、止めることはしない。 爪を立てた部分は、一瞬、真っ赤になっていたけれど、しかしすぐにもとのピンク色に戻っていく。 吸血鬼として、おそろしいまでの治癒能力を備えた彼女の肌は、どれだけ傷を付けても無意味なのだった。どれだけ肌を吸っても、その鬱血の痕はすぐに消え去ってしまう。だからこそいとおしい。永遠でない刹那だからこそ価値があるのだと。 「やァ…プロシュート、やめないで…。もっと…」 「ヘンタイ」 罵りながら、プロシュートは、やわらかい彼女の肌に、ぎり、と爪を食い込ませた。ユウリの目から涙がこぼれた。熱い吐息が肌をくすぐる。その何もかもが、数秒もしないうちに消え去ってしまうのだ。 「いやっ…いくっ、いくっ」 律動を繰り返し、ユウリはいっそう甲高い声を上げてひとりで達した。きゅうきゅうと締まる膣に耐えきれず、プロシュートも彼女の胎内に吐精した。既に消えかかっている爪痕が切なかった。同時に、女に指輪を贈りたがる男の気持ちが、ほんの少し、わかったような気がした。なにか証が欲しかった。彼女を繋ぎとめておける、なにかが。これは愛なのだろうか。プロシュートにはまだわからなかった。 「………」 しなだれかかってくる彼女の頭を撫でやりながら、プロシュートは、おもむろにくちをひらいた。 「なァ。お前、何か欲しいモンあるか」 ユウリは顔を上げた。それから迷わずに言った。 「遮光カーテン」 窓の外はもう白み始めていた。 了 2012.10.24 一周年フリリク/プロシュート兄貴でリクエストして下さった紗由様へ |