むりにいうことをきかせようとしてはいけません
 ユウリとディエゴがいつも行為に興じている部屋がある。ディエゴは其処を監獄と呼んでいた。
 監獄と呼ぶにはいささか小奇麗すぎるというか、普通すぎる部屋だが、今までのことを思えば彼がそう呼びたくなるのも頷ける。ユウリの強要するプレイはディエゴの自尊心を日に日に蝕んでいっていた。
 今日もそうだ。
「いいものを持ってきたわ」
 などと言って、ユウリはディエゴを首輪で繋ごうとした。そんな彼女を、渾身の力を込めて突き飛ばしたのが四時間前。ギラ、とした、しかし限りなく冷静な瞳がディエゴを射殺したのが三時間と五十九分前。流れるような手つきで、以前も投薬された錠剤を口に放り込まれたのが三時間と五十八分前。
「あぁ…、ぁ…ッ」
 それからすぐに、ユウリは首輪の鎖をベッドに繋ぎ、さらには手錠まで掛けて、この部屋を出て行った。彼女は一度もふり返らなかった。

 此処に閉じ込められてから、どれくらい経ったのか―――クスリに蕩かされたディエゴのアタマは、もう、思い出すことができなかった。



 広い廊下に、ヒールの音が響く。
 監獄のドアの前で見張り役を務めていた、大柄な黒人の男二人が、険しい表情で歩いてくる主人の姿を見とめ、頭を下げた。

「ディエゴはどうしてる」
「少し前まで呻き声が聞こえていましたが、今はもう」
「そ」

 くあ、と欠伸をひとつ。ディエゴを此処に閉じ込めてから、昼寝でもしていたのだろう。彼女の寝起きが凄まじく悪いことを、この大男二人は知っていた。

「どんなふうに仕上がってるか、楽しみ」

 彼女の視線に応えるように、男がゆっくりとドアを開ける。
 男たちは少し寝乱れた華奢な背中を見送った。




「…やだ。なんてこと」
「は…ッ」

 床のあちこちに染みをつくり、ディエゴはうつ伏せに倒れていた。ディエゴはユウリの姿を確認すると、その体勢のまま、涙でずぶ濡れになった瞳を彼女に向けた。

「ユウリ。ユウリ…ッ」
「ディエゴ。すごいことになってる」

 ユウリは屈んで、ディエゴの頬に手を添える。そんな感触にすら今のディエゴは反応し、びく、と背を仰け反らせた。涙を拭ってやると、ディエゴは目を伏せ、彼女の手に頬を擦り付けた。

「舐めなさい」

 言うと、涎でべとべとになった唇が、無遠慮に指先にしゃぶりついてくる。初めて見る、素直な彼に、ユウリはフッと目を細めた。

 彼がうつ伏せで倒れていたのは、勃起のおさまらないペニスを、床に擦りつけていたからだ。手首は背中に施錠されており、彼は、そうすることでしか自分を慰めることができなかったのだ。
 強力な媚薬を投与され、疼きの治まらない身体を鎮めてくれる人はいない。自分でどうにかすることもできない。彼がどんな思いで、この数時間、自分を待ちわびていたのか…考えるだけでもユウリの胸は高鳴った。

 言うことを聞かないのであれば。主人に歯向かうのであれば、自ら欲しがるように仕向けたら良い。女の肉体が欲しくて欲しくて仕方がないくらい、お願いだと懇願するくらいに仕上げてやったら良い。どんな手を使っても構わない。ユウリにはディエゴを躾ける義務がある。ユウリは彼の主人なのだから。

 ちゅぷ、ちゅぷ、と指を舐めていたディエゴの舌が、遠慮がちに手首の方に移動してきて、物欲しげな目線で訴えてくる。

「可愛い、ディエゴ」

 言葉だけで、感情の籠っていない声。ディエゴはとろんとした瞳で見つめてくる。おそらくもう、まともに思考回路が働かないのだろう。上半身を起こし、手錠をがちゃがちゃと鳴らしながら、ディエゴは、ユウリはおれがかわいいのか、と呟く。

「もちろんよ」ユウリは頷いた。
「おれがかわいいなら、どうして、こんなことを…」

 ひくひくと喉がふるえ、青瞳はふたたび涙をこぼす。

「貴方が悪い子だからよ。これは貴方のためなの」ユウリはディエゴの首輪をぐっと引き寄せる。「ねえディエゴ」

「私がいない間、どんな気分だった?寂しかった?不安だった?それとも私を嫌いになった?」
「………ッ」

「おれは…っ」ディエゴは肩をふるわせ、大きく息を吐いた。

「おれは、おまえのことだけ、考えていたっ…。ずっと…アタマがおかしくなりそうだった…」
「………」

 もう、どうにかしてくれ―――

 涙が床にしみをつくる。ディエゴは、ぐずぐずに濡れた瞳でユウリを捉えた。ユウリは見下すように一度、フッと笑って、それから下方に視線を落とした。その先ではディエゴのモノが天を向いてだらだらと涎を垂らしていたが、そのことに羞恥を感じる余裕は、今のディエゴにはまるで無かった。

「ディエゴ」彼の顎に指を添え、ユウリが言う。「ちゃんと言って」

「はっきり言わないとわからないわ」
「………ッ」

 ディエゴは唇を噛み、しかしやがて恐々と声を絞り出した。

「だ、…抱いてくれ。おまえが、欲しい…」
「良く出来ました」

 立ち上がったユウリが、そっとディエゴの頭を撫でる。

「ディエゴ、お座り」
 ディエゴは膝立ちになる。
「私が欲しかったら、ちゃんとその気にさせなさい」
 その言葉に、ディエゴは、ユウリのスカートの内部の秘部に鼻先を押し付ける。口を使って下着を下ろし、うっすらと水気を帯びたそこに舌をのばす。
 ぴちゃ、と割れ目を舌でなぞると、ユウリの白い太ももがぶるりと震える。それが妙に嬉しくて、ディエゴはそこを夢中で舐めた。

「あっ…ん」スカートをたくし上げながら、ユウリが喘ぐ。時折ディエゴの頭を撫でては、美しいプラチナブロンドを掻き乱す。

「ん…気持ちい…、ぁん」

 ペロペロと懸命にそこを舐めているディエゴを見下ろす。薬が切れ、正常に戻ったとき、果たして彼は、今のことを覚えているだろうか。そんなことを思いながら、ユウリはディエゴの頭をそっと引き離した。

「もう…良いわ。私も、我慢、できない…」

 ディエゴに跨り、ゆっくりと、腰を下ろす。雁首に手を添え、亀頭を包んでいた皮を剥いてやると、ディエゴはそれだけで達してしまいそうになる。
 思えば、ディエゴと繋がるのは、初めてだ。
「あ…」少し触れ合っただけで、ディエゴは声をもらし、泣きそうな顔で腰をゆらしている。
「そん、っな、焦らないで…」
 くす、と微笑み、ユウリは、ご褒美、と一気に腰を下ろした。

「あ、…!」

 ディエゴの喉が仰け反る。あまりの快感に、白い肌がふつふつとあわ立っていく。
 ユウリの膣は極上だった。よく濡れたひだが絡みつき、生き物のようにうごめく肉の壁が勝手にペニスを扱いてくれる。ディエゴも女を抱いたことは何度もあるが、こんなものに出会ったのははじめてだった。長時間放置されていた、発情しきった体では、この快感は持て余すほどだった。それこそ狂ってしまいそうだった。

「はあ、あ…―――ッ」

 喘ぎにも似た吐息を吐き出し、ディエゴは、ユウリの唇に、自身のそれを重ねた。「んっ」ユウリは驚き、一瞬、反応することができなかった。
 ぐちぐちと舌を絡め、ディエゴは腰を突き上げる。手の動きを封じられ、うまく動くことができないようだ。
「ン…ふぁ、…ん」
 ユウリが腰を動かしはじめても、ディエゴはキスを止めなかった。角度を変えて、唾液を絡め合っていると、ディエゴの金の髪が顔や首筋にふれて、くすぐったかった。

「…ッ、ユウリ…」

 ディエゴの背後で、手錠がガチャガチャと鳴り立てる。離れた唇の端には唾液が伝い、ユウリはそれを舌で舐めとった。
 床に手をつき、ユウリは腰を上下に振る。粘膜の触れ合う、厭らしい音が鼓膜をふるわせ、「あ…ッ」ディエゴは堪えることができずに、呆気なく彼女の中に吐精した。

 荒く息を吐き、ぐったりと胸に凭れかかって来るディエゴの頭を抱き、ユウリはよしよしと撫でてやる。しかし、膣内のペニスはまだ萎えておらず、薬の強力さを改めて思い知る。
「は…、ユウリ…。何なんだおまえ」
 そう言いながら、またゆるゆると腰を動かしはじめるディエゴ。やれやれと内心溜息を吐きながら、しかし、やっと素直になった彼を愛しくも思う。
 薬が切れたら、きっとまたいつもの生意気な彼に戻るのだろうけれど。

「あん…ディエゴ、焦らないでったら…」

 待ちきれない、といった様子で腰をくねらせるディエゴに、そう微笑みかける。しかしその一方で、それにしても、とユウリは結合部に目を向けた。

(断りもなく中に出すなんて…。こっちの躾もしないといけないかしら)

 手間の掛かる子ね、と、ユウリは甘い溜め息をもらすのだった。




2012.10.15
一周年フリリク/ディエゴでリクエストしてくださった水姫様へ
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