dark night
 組織の金を持って飛んだ、パッショーネの元構成員の粛清。ターゲットはスタンド使いではなく、今回の任務は比較的簡単なものと思われた。
 担当するのはプロシュートと美貌の吸血鬼、ユウリ。本来、この任務はプロシュートとペッシに任せる予定だったのだが、いつまで経っても仕事に慣れないユウリに経験を積ませるため、急遽ペアを組みかえたのだった。
 ヒトゴロシに慣れていないということは、つまりそれだけ普通の人間の心を持っているということ。ユウリは、吸血鬼という、肉体こそ人外の者であったが、内面だけでいえばチームの誰よりも人間じみていた。
 しかし、仕事を失敗してばかりいる彼女とペアを組みたがる者は誰もおらず、必然的に、彼女を拾ってきたプロシュートが面倒を見ることになっていた。

「しくじるなよ。ユウリ」
「ええ」

 太陽の出ている時間、彼女は動くことができない。夜が彼女の活動時間だった。
 ユウリが出来損ないの吸血鬼であることは確かだが、しかし幸いなことに、人並み以上に鼻がよく、夜目も利く。使いこなせばチームにそこそこの利益をもたらすのではないかと思われた。

「いいか。お前は俺らより良い目を持ってる。場数を踏めば使い物になるハズだ」
「そうかしら…」
「本気でやれよ。このままじゃあ、お前はただの家政婦だ」

 夜の闇にまぎれ、ターゲットが出てくるのを、物陰から窺う。
 プロシュートはいつものスーツ姿だったが、ユウリは動きやすいボディスーツを身に纏っていた。手には9ミリ口径の自動拳銃を持ち、脳裏では、何の恨みもない人間の命を奪う瞬間を想像する。
(………)
 しかし何も感じなかった。人を殺すことに関して、ユウリの心は、嫌悪も喜びも、強い拒絶も、何も感じなかったのだ。自分を生かしてくれたこのチームの、プロシュートの役に立てるのなら、人を一人殺すくらいどうってことはない。そう思っていた。それなのに、どうしていつもうまくいかないのだろうとユウリは思った。

「余計なことは考えるな。俺の教えた通りにやれば必ずうまくいく」

 プロシュートは少し離れた場所から無線で指示を送っていた。
 耳に直接届く彼の声はとても安心する。プロシュートの方を見ると、月の光にプラチナブロンドが透けて綺麗だった。夜の闇に彼の金髪はとても浮いていた。この美しいひとのためなら死んでもいいとユウリは思った。早くこの任務を終えて彼の血が吸いたいとも。

 間もなくして、ターゲットが建物から出て来た。ここから駐車場まで少し距離がある。このタイミングで彼を殺害すると決めていた。
「今だ。行け」
 音もなく忍び寄り、背後からターゲットの口を塞ぐ。ここまでは完璧だった。しかし次の瞬間、ターゲットは激しく抵抗し、ユウリの非力な腕を振りほどいた。
「あッ」
 ユウリは尻もちをつき、手にしていた拳銃は地面を滑って数メートル先に転がっていく。
 ならば、とユウリが折りたたみ式のナイフを取り出した時。彼女の頭上に、銃口の冷たい感触。
(やばッ…)
 パン、と小気味よい暴発音が聞こえて、ユウリは地面に倒れ込んだ。小さな頭から流れる血が、大きな水たまりを作ってゆく。これを見て、彼女が生きていると思う者はいないだろう。
(早く、起きなきゃ…。プロシュートに、怒られる…)
 ぼんやりした頭で、そう思う。撃たれた箇所は凄まじいスピードで再生していっているが、しかし、体に力が入らない。
 けれど、ターゲットの構えた拳銃が、もはや自分ではなくプロシュートへ向けられていることに気づいたとき、ユウリの体は無意識に立ち上がり、そして、走り出していた。

「ッ!!おい、ユウリ!!」

 パン、パァン。プロシュートの声と、銃声音とが重なって聞こえた。銃弾は全て、プロシュートとターゲットとの間に躍り出たユウリの身体を撃ち抜き、彼女のしなやかな肉体を跳ねさせた。

「っンの、馬鹿が…!!」

 忌々しげに吐き出される声。そして、ユウリが生きていたことに動揺したターゲットの喉を、プロシュートはナイフで素早く引き裂き、返り血さえ浴びないままに任務を遂行してみせた。
 男の身体が地に倒れ込むのを横目で見ながら、ユウリは、プロシュートは凄いなぁと呑気に考えていた。男の放った銃弾は、ユウリの右胸、脇腹、左肩を撃ち抜いていたが、そのどれもがもう出血を止めて再生を開始していた。吸血鬼であるユウリは、決して死ぬことはないが、暴行を加えられたらそれだけの痛みはある。銃で撃ち抜かれるなどもちろん死ぬほど痛かったが、それでも、不老不死の肉体が初めて役に立った気がしてユウリは嬉しかった。

「プロ…シュート」

 手をのばすと、プロシュートが肩を貸してくれた。血を流し過ぎたせいか、クラクラしてうまく歩けなかった。けれど妙な満足感があった。また自分のせいで迷惑をかけてしまったという思いもあったが、それ以上に、自分でも役に立てる――この肉体が、チームの皆の盾になれるということが、嬉しかった。

「なに、笑ってやがる」
「なんでもない」
 口の端から血が流れ、地面に丸い模様を作る。彼女の血痕は、朝日が昇れば蒸発するので、問題はない。
 楽しそうなユウリとは対照的に、プロシュートは眉間に皺を寄せ、唇を噛んでいる。
 しばらく無言で歩き、やがてプロシュートは絞り出すような声で言った。
「…また同じような事をしたら、俺はお前を許さねえ」
「え?」
 聞き返すが、プロシュートは何も答えなかった。
「プロシュート、…ねえ」
「黙れ」

 強い口調でそう言うと、プロシュートはユウリを突き放した。血を失いすぎたユウリの身体はぺしゃんと地面に崩れ落ち、きょとんとした目で彼を見上げる。

 プロシュートは明らかに怒っていた。そのままぽかんとしていると、プロシュートは踵を返して歩き出した。ユウリは、慌てて彼の後を追いかける。世界が反転するような、強烈な眩暈に襲われたが、それ以上に、彼がどうして怒っているのかわからなくて悲しかった。




2012.10.17
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