02
 プロシュートは後悔していた。あのときユウリを始末していれば、こんなにも苛立つことはきっと、なかっただろう。ソファで寛ぎながら、ジェンガ遊びに勤しむペッシとユウリを、プロシュートは鬱積に病んだ瞳で見下ろした。誰にでも屈託なく接するユウリだが、中でもペッシを人一倍可愛がっていた。

「あー、崩れちゃった」
「ユウリの負けだな」

 過去に、役立たず、と呼称されただけあり、ユウリは彼らの組織の中で、完全に浮いた存在だった。

 まず銃を扱えない上、スタンド能力者でもない。人殺しに対する度胸はあるが、センスがない。これが致命的だった。まさに男を誑かすことだけが彼女の特技といえた。
 彼女が人を殺す手段としては、吸血による失血死。これが最大の武器である。しかし、毎回こんなに目立つ方法でターゲットを始末していたら、すぐに足が付くだろう。彼女自身、いつでも死ねる覚悟と身軽さを持ち合わせていたが、チーム全体としてはそうはいかない。彼らのチームは、完全にユウリを持て余していた。

「『蛭やモスキートをペットにするバカ』が、どこにいるんだろうなァ、プロシュート」

 アジトに戻るなり、メローネはさも可笑しそうに言い放つ。ジェンガのピースを片付け終え、そっと寄り添うユウリの頭を、プロシュートは無意識に撫でていた。殺伐とした沈黙の中、ユウリはとろりとした瞳でプロシュートを見上げる。少し前に『食事』をとり、彼女の腹は満たされていた。

「………」
「人間の女の姿をしてるってのは、罪だな。プロシュート」

 その言葉が何を意味しているのか、わからないプロシュートではない。噛み殺すような笑声を零しながら、メローネはその隣に腰を下ろした。

「ユウリ」

 そのままユウリを誘い、顔をこちらに向けさせる。

「お土産だ」
「あら」

 と、ユウリの首に、黒光りする、レザー製の首輪が巻かれる。新品らしい革の匂いが少し気になるが、決して不快なものではない。自分の置かれた立場を十二分に理解しているのだろう、ユウリ自身、人間以下の証であるそれに嫌悪感を示す様子はなかった。

「似合うじゃあないか」
「グラッツェ」

 強かな視線を、メローネへと注ぎながら、ユウリはプロシュートの手を取った。健康な血液の通った美しい手だ。ユウリは、しっとりと骨ばったこの手が好きだった。

「やめろ」

 愛撫ののちに、指先を口に含んでやると、プロシュートは強い口調で彼女を拒んだ。彼女の舌の感触よりも、メローネの粘着質な視線の方が気に食わなかった。



 ユウリが此処に来て間もなく、プロシュートは、彼女をリゾットに会わせていた。彼女の素性を話した上で、チームを統率する者として、リゾットの出した答えは至ってシンプルなものだった。
『お前が決めろ』
 ユウリには、一切の味方が存在しない。ユウリはプロシュートの血を欲しがっている。その行為で、プロシュートが死に至ることはない。それらを踏まえ、リゾットは、彼女を無害と見なしたのだ。


「それより、もうすぐ一週間経つわね」
「ああ…」
「どう?私を飼い殺す気になった?」
「お前な…」

 呆れたような、しかし満更でもないような溜め息を吐き出す唇に、ユウリは勢いよくキスをした。首輪に繋がれた鎖が、無機質な音を立ててプロシュートの胸元に落ちていく。それを、ぐっと引き寄せてやれば、自然と口付けが深くなる。

「ああ…ああ、ディ・モールトベネ!!お前ら、イイッ!!」
「うるせぇ。興が削がれる」
「あら、そんなものあった?」

 プロシュートの肉体に、日に日に刻まれていく傷と、カメリアの色をした鬱血痕。ユウリにとって、食事と性行為は直結しているのだ。

「ユウリ。たまには俺の血も吸えよ」
「嫌よ…プロシュートじゃなきゃ、駄目」
「ククッ…本当に羨ましいかぎりだな!プロシュート!」
「それは嫌味か?」

 まだ少し、痺れの残る腰に手を回し、ユウリは彼に身体を預けた。プロシュートの細腰を、ユウリは甚く気に入っていた。

「どうしても我慢できなくなったら、メローネの血を貰うわ」

 到底、他の男に抱かれながら言う台詞ではないが、メローネにしろ、ユウリにしろ、どこか楽しんでいるような節がある。その言葉に、妙な憤りを覚えたのはプロシュートだった。彼女の無責任な発言に嫌気が差した。自分に抱かれながらも、メローネに触れようと、宙を彷徨う腕が憎たらしい。強欲で色狂いの吸血鬼など、やはり煮ても焼いても、食えそうもない。

「…ユウリ。ハウス」

 メローネに向けて伸ばした腕を、ユウリはあっさりと引っ込めた。



了(2/2)
2011.09.15
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