"この部屋はいちゃいちゃしないと出られません"

勘弁してくれ、と呟いた俺の口からは「にゃぁ」という鳴き声しか出ない。
目が醒めたらこの部屋にいて、横には久ヶ原が座ってこっちを見つめている。その久ヶ原がどうにもでかくて、え、巨人?と戸惑っていたら「ねこ?」と呼びかけられた。

ねこ、ってなに、と聞き返したら猫の鳴き声が聞こえてようやく自分が猫になっていることに気づいた。手を見つめると白くてふわふわした手が。

「いちゃいちゃって、猫かよ」

チ、と聞こえた舌打ちにびくりとする。自分でもなんで猫になっているかわからないけど、申し訳ないし怖い。俺のこと気づいてないみたいだし、それはよかったけど、この空間から速く逃げたい。
どうしよう、と困り切っていてらいきなり視線がぐん、と高くなって首の辺りを引っ張られている。ちょっと痛い。どうやら久ヶ原に持ち上げられているみたいだ、目の前に整った顔立ちが来て、こっちをじいっと見つめている。なんだろう、気まずいし怖い。

「なんで名雪じゃねぇの」
「にゃ?」

え?と言ったはずだった。
なんか恥ずかしい。多分、俺といちゃいちゃしたいってことだと思うんだけど、見ていられなくなって顔を背けて、下ろしてくれーと抗議の鳴き声をあげた。

そうしたら、ふうん、と覗き込んでくる久ヶ原。

「つまんねー」
「にい…」
「いちゃいちゃって何したら出られるんだよ」
「...」
「これからあいつと会う予定あるから、早くしねぇと」

そうだ。寮の部屋に戻った後、珍しく久ヶ原が部屋に来たいと言った。だいたいは断ってるけど、毎回断るのも申し訳なくて頷いた。電話の先の久ヶ原が「まじ?」と嬉しそうだったのは気のせいじゃないと思う。
今の久ヶ原は少しイライラしているのが目に見えてわかって、焦った俺は首をつかむ腕に尻尾を巻き付けて、にゃあと鳴く。
久ヶ原もそうだし、お、俺も久ヶ原と会う予定があった、から、早くこの部屋を出よう。

「なに、甘えてんの」
「にゃあ」

違う、違うけど。
座り込んだ久ヶ原の、あぐらの上にぽとりと落とされ、腹をわしゃわしゃと撫でられる。少し強めの力でくすぐったいのに、気持ちいい。痛気持ちいい感じ。喉の奥がぐるるとなる。
俺の反応を楽しむみたいに薄い腹を撫でて、喉をくすぐって、肉球を見つめたり。そんなに見られると恥ずかしい。

それにしても久ヶ原猫好きだったのか。普段とはまた別の、ほんの少し口角があがって楽しそうにこっちを見つめている。

「お前、名雪に似てる」
「にゃぁっ?」

なんで分かるんだろう。そんな久ヶ原がちょっと怖い。

「猫のくせに困った顔してんな」

猫の表情まで読み取るなんて。感心していたら、身体をぐいっと持ち上げられ久ヶ原の整った顔がまた目の前に。それから、顔がどんどん近づいてくる。直視出来ずぎゅっと目をつぶると、鼻のところに何かがくっつく。
そっと目を開けると、近すぎてぐにゃりと歪んだ久ヶ原が見える。触れているのは鼻かな。
お互いの鼻同士が触れ合う。

ガチャ。

「開いたか、お前も連れてってやるよ」

腕の中に抱き上げられたまま部屋の外に連れて行かれる。これ出たら元に戻るのかな。もしかして久ヶ原に抱き上げられたまま戻るなんて、ないよね。
嫌な予感は当たった。出た途端猫から元の姿に戻った俺を見て、猫が俺だったことに気づいたらしい。一気に赤くなっていく顔を手のひらで覆って「まじかよ」と呟いた久ヶ原に、俺までつられて赤くなった。

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