コールイのお父さんは、体の大きい無口な人だ。何を考えてるか分からない、そんな人が俺は苦手だ。
俺の顔くらい大きな手が俺の頭を撫でる。いや正確には何かを塗りつけている。べっとりとしたそれは異様な匂いを放っている。塗装のようなものだ。少なくとも髪の毛の染料じゃない。顎を伝うのを拭うと、明るい茶色だ。

なんでも、移動するらしい。どこに、と聞いたらコールイは困った顔をした。
どうせ何処だって分からない。地名を聞いたってピンと来ない。でも百万が一、トウキョウとかニホンなんてワードが聞こえたら良いのにって思ってしまうのだ。

頭がべっとりとした感覚に覆われ、重みを感じる。ようやく終わったのかコールイのお父さんは塗料の入ったボウルを床に置いた。

「しばらくじっとしていろ」

低い声。一瞬誰だか分からなかったのは、声を聞いたことがなかったから。びくり、と身体が震えて慌てて頷く。そうしたら、頭をガシリと掴まれた。
じ、じっとしてろって言われてたんだった。

ぴくりとも動けなくなった俺の頭に痛いほどコールイのお父さんの視線を感じる。

「勿体無いな」
「…?」
「黒い髪だ」

そういえば、コールイもその両親も黒髪じゃない。この3人しかこの世界でまだ見てないから、黒髪っているのかな。

「め、珍しいですか…?」
「まあ、な」

なんか、含みのある言い方だ。
黒髪なんて俺の世界じゃよくいるのに。

じゃあ売れるのかな、なんて現金なことを思ってしまう。

「そろそろ時間だ」

頭にばさりと汚れた布切れをかけられる。なんで俺だけこんなこそこそ隠れる感じなんだろう。この黒髪、そんなに目立つのか。
どっちにせよべたべたで早く落としたい。

それに、早く帰りたい。

なんで、こんな状態なんだろう。
コールイは優しいけど、その両親の2人は優しくない。俺のことを変な目で見てる、たまにだけど。値踏みするみたいに、じいーっと。

それが怖い。

でも逆らえない。食べ物も居場所ももらってる。知らない他人の俺に。感謝しなきゃ、いけないのに。逃げ出したくなる。

いっそ、死にたくなる。元の世界に戻れないなら。

「母さんッ」
「うるさいねアンタ!」

急な大声にハッとした。コールイとあのお母さんの声。
ドタドタという足音が近付いて来てコールイが現れる。俺と目が合って、コールイの目が見開かれる。

「そんな」

コールイのその表情にどきりとした。絶望感したような目。

「お前も分かっているだろう」
「父さん…でもッ」
「もう迎えが岸まで来てる」

唇を噛み締めたコールイ。とても嫌なことが起きてる、何か分からないけど。コールイが苦しそうな顔をしているから。
唇から血が出て、顎を伝う。痛そうだった。

「コールイ…大丈夫?」

大きく目を見開いたコールイが何かを決めたような顔をして、勢いよく俺を引っ張った。

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