「コールイ!」

怒鳴り声。父親からの声にコールイは振り向かずひたすらに俺を引っ張る。半ば引きずられながら、坂道を下る。
俺の手首を痛いくらい握りしめて。雨で地面がぬかるんで何度も転びそうになる。それを無理矢理にコールイに引き上げられる。肌に傷が出来る、木の幹に腕をぶつけ。でもコールイが逃がそうとしてる、それだけは分かる。

「う、わぁ…っ」

雨の中。どれくらい走ったんだろう。いつの間にか全身びしょ濡れ。布切れが体に張り付いて気持ち悪い。
かなり走った先、ようやくコールイは立ち止まってくれた。俺は全身で息をする。苦しい。意味が分かんないくらい走った。でも立ち止まろうとは思わなかったから。

「アマネよく聞け」
「う、ん?」
「このまま走って逃げろ。これを頭から外すな、絶対」

コールイの目はいつもより鋭い。緊迫感に包まれて、なんで、なんて口に出せず頷く。
それからコールイは指を指す。そのはるか先に高い塔が立っているのが見える。

「あの塔に向かって走れ。真っ直ぐ。振り向くな、あの場所に着くまではこれを外すなよ」
「わかった、けど」
「あの塔に行ったら都市の偉い人にお目通しを願え。被り物を外せ。その目だけで伝わる、雨で色が落ちれば髪の毛でも伝わる。保護を願え、分かるか」
「つ、伝わるって何が…?」

何のこと。そう、言おうとした時、獣の雄叫びを後ろで聞いた。

「コォオオオオルイィイイ!」

獣じゃない、コールイのお母さん?でも振り向いた先にいたのは、目が血走って髪がボサボサの、バケモノだ。

「早いな…アマネ、行けるか」
「コールイは?」
「お前1人で行け。後ろは振り向くな、前だけみて走れ。この雨がお前を必ず助ける」

何のこと、ねえ。コールイ。

「行け!」

大声に、慌てて走り出す。意味も分からないまま、言われるがまま。後ろでは枝の折れる音と何かが転がる音。激しい叫び声、呻き声。
恐ろしかった。ただがむしゃらに走る。

俺はどこに行っても弱いままだった。この世界でも何もしないでニートのまま。何もかもから目を背けて、元の世界を信じ続けた。優しくしてくれたコールイを捨てている。そんなの、分かってた。

でも、心は恐怖に怯えて逃げていた。ただ自分の保身しか考えられなかった。

ごめん。

謝りながら、雨の中を走り続けた。約束だけは守らないと。そのうち、勢いよく何かとぶつかってアマネは尻餅をついた。目の前には人影。しかも何人も。

「おい、君、大丈夫か」

肩を掴まれ抱き起こされる。その手も、優しい。みんな俺に優しい。
俺は気づけば叫んでいた。

「助けてッ!」
「何を…」
「コー、ルイっ…死んじゃう…ッ」

まだ塔にはついてない。塔ははるか先。それまで外すなと言われた汚れた布切れを外す。コールイとの約束を破った。何も出来ない俺。約束も守れない。
溢れ出す涙と締め付けられるように痛む喉。
でも目の前の人たちが息を飲んで、後ずさるのを見た。

「助けて、お願い…!」

土砂降りの雨。頬に汚い色の染料と、雨と、涙が伝ったのを感じた。

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