あ、三月先輩だ。

オンラインでのゼミで、最後に来たのは同じ研究室の先輩だった。大学生には見えない顔立ちで、優秀だと多くの教授からも目をかけられている。憧憬の眼差しで見ている学生も少なくない。かく言う俺もその一人で、やたらと人気な研究室に滑り込めたのはラッキーと言えた。
かと言って特別話す機会が増えるわけでもない。
リモートでのゼミは今回が初で、それぞれの自宅からの参加になっている。三月先輩の自宅ってどんな所だろう、と期待するのは俺だけじゃないだろう。豪邸とか住んでそう。

しばらくして画面に切り替わると、三月さんが映し出される。生で見るのと変わらず存在感があり、家だというのにちゃんと身綺麗に整えているので俺とは逆だ。黒のタートルネックがあんなに似合う男いるのか…?

残念なことに、ソファに座っているようで、黒いソファの背もたれの部分だけ見えていて後ろの壁はただの白。部屋のほとんどは見えてこない。楽しみにしていただけにガッカリしていると、全員揃ったためゼミが始まった。それぞれが成果を話し教授と受け答えしている間、他の学生はミュートにしていた。聞いている人もいればパソコンで他の作業をしているらしい生徒もいる。
俺もネットサーフィンでとしようとマウスを動かした時、ふと、小さくなった個人の映像のうち、三月先輩が顔を横に向けた。

誰かと話しているのか?三月先輩は実家なのか一人暮らしなのか知らないが、誰かいるなら家族か…?
あ、誰か隣に座った。
画面の端っこの方に肩だけ映る。白いシャツで画面が小さいのもあり男女の区別はつかない。先輩の自室ではなくリビングでやっているのかもしれない。
あまり饒舌じゃない三月先輩がその誰かと話している。それが珍しくしばらく見入ってしまう。当然ミュート中のためその内容は分からず、口だけが動いている。

表情は動かないものの、相手の声に耳を傾けているのは分かった。雑談をするタイプでもないから新鮮な気持ちでそれを眺めていると、不意にその隣の人物がもぞもぞと動いて、顔が一瞬映る。それも本当に一瞬で、ソファの上に倒れ込んだような形だった。

「は…膝枕?」

肩も映らなくなったが、多分いまその人は三月先輩の膝の上に頭を乗っけている。多分、いや間違いなく。
見間違いか、と思わず前のめりになる。

いや…間違いじゃない。三月さんの腕が少し動いている。画面外だから何のためにかは想像しかないが多分…その人のことを撫でるような動きだ。

「同棲ってことか…?」

意外だ。何というか一匹狼の印象が強く、恋人の気配なんて感じなかった。仲の良すぎる兄妹の可能性もあるかもしれないが、多分違うだろうな。
見てはいけないものを見てしまったようなそんな感覚に陥る俺の前で、今度は三月さんは屈んでテーブルの下から何かを取った。あれは、ブランケットだ。それを、開くとその誰かにかけている。

確信した。あーあーあー、恋人だ絶対。まじかよ、いや…そんな優しそうな顔する?
話している時は見えなかった笑みが一瞬溢れたように見えた。目を擦る…見間違いじゃないよな?

そんなシーンを見た俺は教授への発表で噛み倒した。途中画面端で三月先輩が少し頭を下げて、すぐ上げた。それがこめかみにキスしたようにも見え、勢いよく咳き込む。画面にかなりの唾が飛んでしまい慌てて袖で拭う。
今日どうしたの?と心配されるくらい動揺しまくった。だって…それは仕方ないだろ。調子が悪いと勘違いした教授の、同情混じりのアドバイスに半笑いで終えた。今のアドバイスの殆どが頭に入ってない、あとで見返そう。いや…その時も絶対三月先輩を見る気がする。なんだあのさりげないキス…どんだけラブラブなんだよ。

動揺しっぱなしの2時間のゼミをなんとか終え、教授が来週の日程や今後の予定を話し、ゼミはお開きとなった。

お疲れ様です、と言って接続を切ろうとした時、俺は信じられないものが視界に入り「はあ!?」と画面に食いついた。すぐミュートにしてて良かった。

三月先輩の膝に頭を乗せていた人物が不意に顔を上げたからだ。

さっきは早くてほとんど見えなかったその人物は、寝起きだからかゆっくり起き上がって俺の目でもその顔は充分捉えることができた。

それは…見間違いじゃなければ、それは同じ学部の同級生で、友人だった。貧しい生活で身体が細く、たまにおにぎりを奢ったこともある相手。いや見間違いか…?いやいやでも間違いない。
最大限、画面に鼻がつくほど近付いた瞬間三月先輩の画面はプツンと消えた。

誰もいなくなったデスクトップの画面を目の前に「お前何してんの!?」と叫んでいた。

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