いつもの窓際の席、北向きで日差しが強くない、ぼんやり明るい奥の席。1番人が少ないテーブルの窓際に座る。
この大きな図書館が大学選びの理由の一つ。お金がないし奨学金で通う身としては、本は買うより借りることが多い。教科書もたまに借りるほど。
バイトまでの空き時間、今日の復習でもしておこう、と教科書を開く。来年も奨学金を取るには成績が良くないといけない。

その勉強場所として、大学のこの図書館は丁度良かった。
難しくないものの、複雑な計算が多くカリカリとひたすら使い古したシャーペンで書いていると、不意に斜め前の椅子の引く音に反射的に顔を上げた。

ーーいつもの人。

人の少ないこのテーブルで勉強していると、度々現れる人。図書館はどこのテーブルも2、3人で利用するから、人が来るのは当然だけど、だいたいこの人だ。
三月先輩。知っているのは同じ学科の先輩で、稀に見る優秀な人らしい。

一瞬目が合ったが、三月先輩は気にすることなく鞄からパソコンを取り出した。
しばらく、キーボードが静かに叩かれる音をBGMにまた問題を解き始めるけど、すぐに指が止まる。
答えが違う。長い式をひたすら書いた後だというのもあって、がっかりした。どこを間違えたんだろう、と一つ前のページをめくると視界に突然影が落ちる。

え、と声が出ると同時に自分の指ではない指がノートの上をトンと叩く。

「間違えているのはココだ」
「へ…ありがとうございます…?」

顔を上げれば、斜め前に座っていた三月先輩が前のめりになってこっちを覗き込んでいる。冷たい目が見下ろしていて、慌ててノートに目を戻す。
途中式の真ん中あたりだけど、イマイチよく分からない。しばらく無言でいると、握っていたシャーペンを取られ、波線を引く。

よくよく見ると確かに掛け違えている。どうしてこんなことに、と驚きながら訂正して答えを出すと、それは正解だった。
ホッとしながら三月先輩の方を見ると、先輩ひもうパソコンの画面を眺めていた。

「あの、答え合ってました…ありがとうございます」

三月先輩は一瞬こっちを見ただけで、返事はなかったけどわざわざ間違っていた箇所を教えてくれた人だし、親切なんだなあと思った。

壁にかかった時計を見ると、そろそろ学校から出なくちゃいけない時間だった。借りた本を仕舞って、三月先輩にもう一度だけお礼を言う。もちろん返事はない。
本棚の間を抜けながら、ふと、ポケットに買ったばかりのチロルチョコを入れてあることを思い出した。余裕がなかったから、今日は一つだけ。
それを渡すために先に戻ると、先輩も片付けをしているところだった。

「先輩、これ、お礼です」

チロルチョコを差し出すと、僅かに目を細めて、それから「いらない」と返された。ええ、としょんぼりしながらも今日はそのまま図書館を出た。

その日から三月さんには会うたびにチョコレートを渡される。それって餌付けじゃない?と友人に指摘されたのは、三月さんに引っ張られるがままセックスをした後のことだった。

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