乳首で絶頂に至る方法、という広告を見つけたのは電車の中だった。そんな馬鹿な、と鼻で笑いながらも広告を踏むと詳しく書いてある。乳首は立派な性感帯であること、そして女性だけでなく男性も感じる場所、と。
そんな馬鹿な。しかし色々調べてみると、検証サイトや実際の動画まである。そのほとんどが女性であるものの、マゾな男性が調教される動画も見つけてしまい、固唾を飲む。
興味があった。そんな訳がないと片隅では思いながらも、次々にサイトを開いて端から端まで読んでいた。

自分で意図して触ったことのない場所だ。
あんな小さな粒で?…本当に?
最後に辿りついたのは掲示板だった。乳首を責められたい男性募集の文字、ほんの少し前だ。
思わず辺りを見回すが、誰もこっちを見ていない。どきどき、とうるさい鼓動を何とか堪えながら、書いてあるアドレスに新規メールの欄を開く。
震える指先で文字を打つ。
男子高校生です、興味があります、経験はないです、と短く送る。返事なんてきっとない、と思いながらも送信ボタンを押した。

ふ、と顔を上げると最寄駅を3つも過ぎていて、慌ててホームに降りる。こんなこと初めてだ。
ぶー、と携帯が震える。期待と緊張に画面を覗き込むと、返事が来ていた。了承のメールだった。

メールを送ってはや一週間。比較的時間のある学生に対して、相手は社会人のようで、土曜日の待ち合わせになった。
待ち合わせの場所は、一度も降りたことのない駅の改札から出てすぐの場所。なるべく高校から離れたかったから、相手の指定は丁度良かった。ここって少し行くと高級マンションばかり立っている場所だ。改札から出てくる人はスーツを着たサラリーマンばかりで、場違いな気がしてならない。もしかして弄ばれたのかもしれない、と足元に視線を下ろしながら、もうすぐ待ち合わせの時間になろうとしている。
いくつもの足音が絶え間なく聞こえる中、一つだけだんだんと近づいて来る。もしかして、と思った時目の前で「なお?」と声をかけられた。

顔を上げると、イケメンがいた。男の自分でもドキッとするくらい格好がいい。黒の髪が少しカーブした、すらっとした長い脚の目つきの鋭い大人の、男。
もしかしてこの人?本当に?まさか、と思いながらもおそるおそる尋ねる。

「アズ、さんですか…?」
「そう。本当に男子高校生かよ…若すぎだろ」

疑うような視線に怖くなって、言葉がない。未成年だと言っていたのを信じていなかったのだろうか。一応制服は置いてきたが、子供っぽさは多分抜け切れていないのかも。

「別に怒ってないからな…遅くなって悪かった、行くぞ」
「わ、…はい、」

すたすたと歩いて行くアズさんの後ろ姿を慌てて追いながら、心臓が破裂しそうで、本当はもう逃げ出したかった。メールの口調からして、優しそうとは思っていなかった。どこか粗野のある文面だが、滲み出る大人の余裕も感じていたから気にしていなかった。むしろメールのやり取りをはじめてすぐ、その返信が毎日楽しみになっていた。どんな人なんだろうと授業中でも頭を過り、何も手がつかなくなったほどだった。

「高2だっけ」
「は、はい」
「ふうん」

モテそうな人なのに、わざわざ掲示板で募集するんだ、とか。でも乳首だけ責めるなんて恋人にはできないのかなとか変なことを考えながら、ふと、どこに向かっているんだろうと首を傾げる。駅前から離れていく。ホテルかと思っていたけど、たぶん違う。

「あの、どこに…」
「俺の家。ホテルでも良いかと思ったけど未成年だから一応やめといた。ああ、そうだ、腹減ってる?」
「食べて、来ましたけど」
「コンビニで弁当買うから。欲しいものある?」
「ないです」

おー、と言いながらアズさんはコンビニに入っていった。ついて行く理由もないから、外で待っているとすぐ戻ってくる。袋を二つ持っていて、一つにはお弁当とおにぎり一つ。もう片方の袋には…何かの、ボトル、みたいな。

「ローションだよ」
「ろっ、…っ」
「……恥ずかしがってんの?」

赤い顔を背けても、アズさんはにやにや笑いながら前から覗き込んでくる。その意地悪そうな笑みにどきっとしてしまう。ローションなんて、コンビニにあるのは知っていたけど買っている人は初めて見た。本当にするんだ、と現実味がよりいっそう帯びてくる。

「かわいいな、お前」

おちょくるような声色に、むっとしながらも思い通りの返事をしたら余計に揶揄われるに違いない。無視した。



広い部屋の、大きなベッドの上。上がるのも躊躇うような肌触りの良いシーツの上で、緊張で今にも吐きそうだった。

「緊張しすぎ。学生じゃなかったら少し酒でも飲ませようと思ったけど」
「み、未成年、です」
「分かってるって。嫌だったら言えよ、一応聞いてはやるから」
「一応って...あの初めてなんで、痛く、するのはナシで」
「はいはい…処女みたいなこと言って。あ、処女か。…ほらこっち来い」

大きく広げられた腕に、取り敢えず意図は察知した。ガッチガチな俺の緊張を解そうとしてくれるのだろう。ずりずりと身を寄せると、ぐ、と抱き寄せられ、アズさんの胡座の上に乗っかる。

「わ、」
「思ったより軽いな。高校生ってこんなもん?もっとくっついて」
「はい……」

胸の前にあった腕が邪魔なのかも、と身体の横にずらすとその分また胸同士がくっつく。

「…心臓うるさいな」

嫌な感じじゃなくて、優しく笑うような声音だった。

そっと剥がされて、でも近づいて来る格好いい顔に見惚れながら、柔らかい感触が唇を覆う。きす、してる。女の子ともまだ一度もしたことないのに。
こんな感じなんだ、と瞑っていた目をうっすら開けるとアズさんの目がこっちを見ていたことにドキッとする。俺今日どきどきしてばっかりだ。

いつから見られていたんだろう恥ずかしくて慌てて目を瞑ると、ふ、と鼻で笑われた気がする。

「口開けろ…」
「う、…は、い……ん、」
「…は、」

荒い口調の割にキスが優しい。気がする。初めてだからよく分からないし、気を遣ってくれているのかも。

「ん、んぅ……っ」

シャツを上に引き上げられ、一瞬唇が離れるとつう、と線が見えた。流されたシャツはベッドの下に落とされて、そのまままたキス。
ぴちゃ、と小さな水音が絶え間なく聞こえ、慣れないキスに体温が上がって行く。恥ずかしいのに、心地良くて、いけないことをしているような背徳感が背中を震わせる。

キスに精一杯だった俺は、いきなり腰を撫でられ、飛び上がった。ついでに色気の何もない声が出たのは致し方ない、はず。

謝ろうとした口もまた塞がれて、脇腹から背中に、背骨をなぞって今度は胸の下あたりを辿る手のひらの感触を追い続ける。
ああ、はじまってしまう。

大きな手が、俺の上半身を余すところなく撫でて行く。時には腕から指の先、首筋まで上っていくのに、肝心な場所には何故か触れない。
今か今か、と待っている自分が少し馬鹿らしい。
首筋から、つつ、と降りていく手が、さっきは腕に行ったのにそのまま、ゆっくり降りて、胸に来る。その先には、
ーーきた、…!

「ふ、……んぅ、う」

人差し指と中指は丁度俺の、…そこには触れなかった。絶対来ると思っていたのに。
そんなことが何度もあった。キスをして、若干の酸欠気味のぼおっとした頭で、また、また、と思いながら裏切られていく。

思わず、口をついて「いじわる…」とぼやくて、口の先に軽くちょんとキスを落とされて、笑われただけだった。息を整えている間、おそるおそる下を見ると、え…。

「乳首、立ってるな」
「うそ…なんで、」

だって、触られていない。まだ、ほんの少し擦りもしていないのに。
どっちも、ぴんと、存在を主張している。
凹凸のない身体で唯一尖ったそこは、いつもより赤く色付いている。

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