三月さんから大量にチョコをもらったのはひと月前のバレンタインデー。最早毎年のことで手の中に抱えきれないほどのチョコを無表情で渡された。一昨年よりも去年、去年よりも今年と右肩上がりで増えていく。質より量、なんてこともなくどれも頬が落ちそうなほど美味しいのでびっくりだ。ぺろっと胃袋に消えていく。たくさん食べると太りそうだなあなんて思って一日の個数を制限していると三月さんに言ったら「もっと太った方が良い」と言われた。なぜ。

それは置いておいて、テレビから視線をずらしてカレンダーへ。今日は14日だ。日本じゃホワイトデーなんて言って店頭にたくさんのチョコが並ぶ日だ。アメリカはどうなんだろう、なんて思いながら、よし、と立ち上がる。
三月さんがホワイトデーに俺からチョコをもらったところで喜ばないんじゃないか、という疑問はきっと正しい。そもそも俺から上げるチョコも元をたどれば三月さんのお金になるんだし。それじゃあ俺に出来ることってないじゃん、とお返しの話はそこで行き詰った。他にじゃあ、三月さんが喜ぶことってなんだろう。笑うこともないし喜んでいる姿も見たことない、そんな三月さんが表情を変えるときって……

そこで俺はひらめいた。
三月さんっていつも俺を抱くときはちょっと興奮しているというか、荒々しさの中に…ちょっと欲しがっている、みたいな表情もあった気が…する。それはやっぱり俺を気に入っているということ、で……いいはず。自信はないけど。

「じゃあ…ホワイトデーのお返しって……俺ってこと……?」

そんな思考回路、後の俺なら引っぱたいて正しているところかもしれない。でも与えられてばかりの毎日で、俺があげられるものなんて自分の身一つなのは確かで。大きな姿見を前にして唸る。いやこんなのお返しになるか……でも、悪くないって言ってくれそうだし……数秒の葛藤のち、俺は三月さんが帰ってくる前に準備しなきゃとリビングを後にした。





玄関のドアを開けたところで、三月は表情は変えないものの視線を室内の端から端まで動かしていく。いつもならソファに座って、背中を丸めて、ふわふわの部屋着を身にまとってブランケットを抱える青年はどこにもいない。暖炉の火は消えている。
おかえりなさい、と緩い微笑みを向ける姿がなかったことはほとんどない。手酷く抱いた後ですら、帰ってくればソファに身体を横にしているというのに。
外の見張りは通常通りいた。つまりは二階か、と階段の奥に視線を向け、コートを脱ぎ捨てる。いつになく足早に階段を上がる。

二階で使っているのは一部屋だけ。寝室だ。一番奥のそのドアから聞こえてくる僅かにくぐもった、熱を帯びた声。気配は1つ、つまり1人自慰に耽っている。その事実に僅かに三月の口端は吊り上がる。そして寝室のドアを空ければ予想通り青年は1人で、しかし三月が想像するよりずっと淫らに行為に耽っていた。

「ぁ、んんっ……み、つきさ、ぁ…ッおかえ、んっ…なさ、ぁ、あっあっん」
「何をしている?」
「ァ、ああッ…きもち、ぃ、……きょ、ほわいとでー、です…ッぁんっ」

当然三月は知っていた。日本生まれの青年に、いつもよりチョコを買って帰ってきたばかりなのだから。バレンタインにあげただろう、という突っ込みはなしだ。だがホワイトデーのそれが何故こんな行為に繋がっているかは不明だ。
ドアに向けて、足を開いて、その間に指を差し込んでぐちゅぐちゅと音を立ててかき混ぜている青年は熱に浮かされたようにとろんとした目で三月を見つめる。膝をがくがく震わせながら、我慢汁が薄い腹の上に水たまりを作って、今にも限界が近いらしい。びくびくと腹が震え、喘ぎの合間に吐息とともに青年は息も絶え絶えに説明する。

「お、おっかえし…っちょことか、いっつもたくさん、もらってる、からぁ…っひ、うぅん…っ」

どういう思考でそこに至ったのか三月には到底理解が難しかったが、青年なりに考えたというのは伝わった。

そして三月は思い知らされる。運命の番というのは厄介極まりない。
組織に身を置き裏社会で血にまみれながら孤独に生きた男を、おかえりなさいの一言で、機嫌を上向きにさせる。今だって、ベッドで健気に待って、イきそうになりながらも迎えてくれる青年に、背筋がぞわりとして肋骨の隙間から入り込んだ手に心臓を直接握られたような心地になるのだ。その身を貪りつくしたくなるような姿で、五感から三月の理性を破壊してくるのだ。

運命の番は厄介だった。

ベッドに近寄ればむせ返るような淫らな匂いが濃くなり、青年も期待するように身震いする。
三月が視線を動かすと、ベッドサイドのテーブルには三月が買い与えた部屋着がきちんと畳まれていた。いくつかのチョコレートと食べた残りの包装紙が残されている。彼の衣食住のなにもかもが三月が与えているものだ。だが今は、唯一のその身一つで三月に尽くそうとするいやらしくも健気な青年は、いやらしく三月を誘う。

「俺のことっ…たべて、くださ、ぃ……っ」
「ああ……」

懇願に頷くと、三月はシャツを脱ぎ捨て、前を緩める。目の前に露になった肌に青年は目を瞬かせた。
珍しい。三月はいつだって素肌を見せて行為をすることはない。それは仕事のせいだろう、と青年は勝手に思っていた。いつも全裸になるのは自分だけなのに、と青年は鍛え上げられた上半身を思わず見つめる。
見惚れたようにぽかんと見つめてくる青年を気にすることなく、三月はアナルを弄る指を抜くと既に勃起したものを焦らす様に淵に擦り付ける。ぬちゅ、ぬちゅっ…といやらしい水音と熱に青年はごくりと喉を鳴らす。
ゆっくり押し込まれていく指とは比べ物にならない質量に青年は「ぁ、あ、あっんん……」思わず鼻にかかったような声が漏れる。

「ぁ、あっお、っきい…っん、く」
「っ……」
「すご、ぃ…三月さ、ぁ、あっぁああんん…!」

浅いところをゆっくり前後され、いつになく乱れた青年の汗ばんだ身体はのけ反って、白い肌が一気にピンクに染まっていく。気持ちよさそうに喘ぐ青年に、三月は屈んでポケットに押し込んであったチョコを取り出し青年の口に押し込む。立ち寄ったチョコレート店で味見として渡された新しいフレーバーのもので、食べることなくそのフレーバーを注文したのはついさっきのことだ。
口に押し込まれた甘さに青年は目を大きくさせて、それから「おいし、です…っ」と舐めている。僅かにチョコで汚れた下唇を三月は舌で舐めて、そのままキスをする。まだ残ったチョコはどうにも三月には甘く、だがそれも悪くないと思っていた。

「ふ、ぁっ……ん、む、」

汗ばんだ青年の身体に触れ合う素肌に、青年は甘く三月のものを締め付けてしまう。間に挟まれた限界に近かったペニスも擦れてびくびくと背筋を震わせ、唇を塞がれながら絶頂に至る。舌を吸い付かれ、お互いの口腔をチョコまみれにさせながらイった青年はうっとり甘い快感に身をゆだねる。だが三月はまだイったいないため、上あごを舌でかりかりと引っかきながら腰の動きを速めていく。
青年は強い快感に思わずシーツを掴むが、見咎めたように三月に手を取られ指を交互に挟んで繋がれベッドに縫い付けられる。前立腺を突かれるたびに手にきゅっ…きゅっと力を入れ、お腹の疼きに必死に耐えていた。

「みっ、つきさ、ぁんっ……また、イく…っ」
「堪え性がないな」
「だっ、てぇ…ッ!……ふぁぁあ…っ」

青年がようやくキスの合間に訴えれば笑った吐息が唇にかかる。前立腺をぐうっと押し上げられ身構える間も無くとぷとぷと青年は精液を漏らす。余韻でひくひくとアナルの淵が三月のを締め付け、かくかくと震える青年の腰が強請るように三月の腰に押し付けられる。

「……欲しいのか」
「んっ、はぃ…みつきっさ、あっあっあッ!はやっい、待って、んあっ…んんんんんンっ」

汗か我慢汁か分からない水音が打ち付けるたびに激しく聞こえ、重いピストンに力の入らない青年は足先をぴんと伸ばして、強すぎる快感に打ち震える。
気持ち良すぎて辛い。自分のしたことなのにぽろぽろと涙を溢す青年に三月は低く静かに笑う。

自分で弄っている間は我慢して、焦らされていたせいか二度出したばかりの青年のはまたぬるついた腹筋に擦りあげられ、緩やかに勃起し始めていた。

「擦れてっ、んっううう…きもちっ、い、みつきさっみつきさん…っんっんっあっ、ぁあ゛っ」
「……っ、」
「やだっぁ、も、またっ…イっちゃう、……〜〜〜〜っ!!!」

ペニスでもアナルでも絶頂を迎えた青年は、三月に痴態を余すところなく見せて、胸を突き出しながら甘い快感に浸る。
頬を赤くして、眉を歪める青年の表情をまじまじと三月は見つめながら、ゆっくり引き抜くと未だ余韻に震える青年の身体を引き寄せ、ゆっくり抱き上げる。胸に寄りかかって、頬を無意識に擦り寄せた青年はお返しという任務をどうにかやり終えた達成感に満たされていた。
うつらうつらして、今にも寝落ちてしまいそうな青年の身体を綺麗にするため三月はバスルームに向かった。

お返しなんてものを考えた青年が目を覚ましたら、チョコを与えることを考えながら。

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