全寮制男子校では、男同士の恋愛に発展しやすい。滅多に会えない女子、温もりに飢えついついセフレなんてものを作りがちなこの学園で、最近やたらと耳にするキスフレンドなるものがある。セフレがセックスフレンド、つまりはセックスを楽しむ間柄を示すが、キスフレはキスを楽しむ間柄というわけで、セックスまで踏み込む気はないがキスくらいなら、という葛藤を解決することになる。

妙なものに巻き込まれた。
寮の廊下の真ん中に2人立っていたのをぼんやり眺めていたのは、そのうちの1人がこの学園でも有名な先輩だったからだ。
名雪先輩。
久ヶ原先輩に惚れられてなかったら今頃穏やかに学園生活を送っていただろうと思うけど、いろいろ可哀想な先輩。

珍しかったのは、2人のうち1人が名雪先輩なのにもう1人が久ヶ原先輩じゃなくて、見覚えのない先輩だったことだ。
…妙に距離が近いけど。

「き、キスって…そういうの俺は、」
「良いじゃん久ヶ原としてるでしょ?あくまで友達なんだしさ」
「うわっ」

最近流行りのキスフレのことで言い寄られているみたいだ。
ぐいぐいと腕を引っ張られているのを見ると、知り合いなんだろうけど強引に迫られているらしい。強く断りきれない性格の先輩には色々厳しそう、肝心な時にいないとか、久ヶ原先輩どこに行ったんだ。

「なあ、いいだろ」

流石に顔色が悪い先輩を見て横を素通りは出来なかった。こんなとこで言い合ってればどうせ誰かしら人が来るだろうし。

「あの、大丈夫ですか」
「あ?…おいもしかしてお前も名雪とキスフレになりたいのか?」
「え」

なんだその超展開。そんなわけないのに。
名雪先輩もおろおろして、ちょっとと慌てて裾を引っ張ってるけど強引な先輩は聞く耳を持たないらしい。

「おい名雪、こいつもしたいらしいぜ。俺とこいつなら俺の方がマシだろ?」
「え、あ、…えっ?」
「どっちか選べよ。久ヶ原が戻って来る前によ」
「そ、そんな…」

とんでもない巻き込まれ方だったけど、久ヶ原先輩が戻って来るならなんとかなりそう。ここはもう選ぶ以前に、久ヶ原先輩だけですとか言って逃げれば良いと思うんだけど。
名雪先輩は何かを真剣に悩んでいる。

「そ、それなら、彼で…」
「…え?」
「くそっならキスしてみろよ」
「…えっ!」

思わず大声が出る。名雪先輩は何故俺を選んだ、そしてこっちの先輩は何言ってるんだ。いろいろどうなってる。
名雪先輩は小さく、ごめんなさい、と俺に謝った。待て待てまだ時間はある、久ヶ原先輩が戻って来るまで踏ん張れるはずですよ先輩。

ちょっと、と慌てて止めようとしたのをすり抜けてきて先輩は、俺の頭に軽くキスをした。一瞬のことで、感触もないくらい静かで。
そうだキスって何も口だけじゃないんだったと胸をなで下ろす。久ヶ原先輩にバレたら俺が殺されかねない。
助けようと思ったのが仇になるなんて思わなかった。

「あの、ほんとごめん…色々巻き込んじゃって」

くそ、と罵りながらあの強引な先輩はどっか行った。残された俺と名雪先輩はひたすらにお互い頭を下げる。

「俺も、口出さなかった方が良かったかもしれないですし」
「そんな、困ってたから助かったんだけど。あの、本当にごめん。友達でもないのに」
「その、まあキスフレなんて友達だろうとおかしな話だと思うんですけど」
「そ、そうだよね」

この空気どうしよう、と困り切ってたとき、「名雪?」と後ろから声がした。振り返れば久ヶ原先輩がいて、出来ることならこの人に会う前にこの場を去りたかったと後悔した。
内心焦る俺と、傍から見ても焦りまくりの名雪先輩に疑心を抱いたらしい久ヶ原先輩は足早に俺と先輩の間に入ってきた。

「どうした?」
「い、色々あった…あの、ごめん、さっきはありがとう」
「いえ、その…先輩も気を付けて」

逃げるが勝ちだ。
一瞬久ヶ原先輩を見たら思い切り睨み付けられた。明らかな嫉妬が垣間見えて背筋が凍る。こんなの睨み殺される、さっさと逃げよう。
名雪先輩を見下ろす目は打って変わって穏やかだが、知らない間に何があったかは問い詰める気まんまんな気がする。多分逃す気ゼロだ。

出来ることなら俺に先輩がキスしたことがバレませんように、と祈るしかなかった。

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