全寮制男子校では、男同士の恋愛に発展しやすい。滅多に会えない女子、温もりに飢えついついセフレなんてものを作りがちなこの学園で、最近やたらと耳にするキスフレンドなるものがある。セフレがセックスフレンド、つまりはセックスを楽しむ間柄を示すが、キスフレはキスを楽しむ間柄というわけで、セックスまで踏み込む気はないがキスくらいなら、という葛藤を解決することになる。

そういえば、生徒会会計の浦川はキスが上手いとか何とか言われていた気がする。普段はほとんど喋らない人がキスが上手いってギャップを感じるらしい。こういうのに人って弱いよなあ。きっとファンの生徒は特に。
何故そんなことを思うのかというと、キスフレについて内海や布施と散々話した後、寮に戻る道中に突然人も連れていない浦川が現れ目の前に立ち塞がったと思いきや、現在進行形で腕を引っ張られているからである。
いつもは猫と呼ばれたお気に入りを何人も連れているのに、今日は浦川たった一人。しかもまだ生徒会の時間ではないだろうか。朝也がこれから生徒会、と連絡してきたのを思い出す。
ぐいぐい引っ張られた先は寮の裏側。丁寧に雑草は処理されているものの人目に触れないから花も何もない。がらんとしていて、当然人気はない。
もし一緒にいるのが浦川じゃなかったら、告白シーンとかが起きそうな場所。もしくはいじめによるリンチとか。でも相手は浦川だ。そのどちらでもないことが起きる気がする。予想はつかない。

いつだってこの人は突然だなあ、そう思ってしまう。

「どうしてここに?」

とりあえず、質問。相手は年下だし、臆することはない。ただし生徒会。この場所だから良いものの誰かに見つかったら大変だし、面倒だ。早く済ませたい気持ちがある。

浦川は何も言わないまま、指先で地面を指し示す。座ればいいのか、とコンクリートの砂を軽く払ってから座る。すると、浦川は今度は膝をついてそれから覗き込んでくる。

「キスフレ、いる?」
「え…え?」
「いないんだ」

いやいきなり何。意図が分からないまま首を傾げる。
浦川はほんのり笑うと、その白い手が伸びてきて動物みたいにくしゃくしゃと髪を撫でてきた。いや、待て待て待て…どんな展開だ?
そのまま、ぐぐ、と近寄ってくる顔。浦川の鼻が俺の頬に擦り付けられる。ふわりと香る匂いは独特で甘く癖がある。

額に、ちゅ、とキスが落とされ後頭部から顎の方に手が行き来する。輪郭をなぞるみたいに指が耳元まで這い寄ってくるのに肩を竦める。動物を撫でるみたいな少し雑でくすぐったさがある。

「俺の大事な猫にしてあげようか?」
「猫…?」
「……にゃー、って鳴いてみて」
「にゃーん」
「…」
「?」

ぴたり、と浦川の動きが止まる。変なことを言っただろうか、言えと言われたから言ったのに。

「にゃー……?」
「それ、良いってこと?」
「?…ぁ、」

ちゅ、ちゅ、と何度も浦川の唇が額に頬に、目元に、鼻先に落ちてくる。触れるだけのを何度も何度も。
このなんとも言えない時間をどうしたら良いんだろう。早く終わらないかな。
そして不意に浦川の唇が俺の唇にふわり、と触れる。音もたたないほど軽く、柔らかく、それこそ猫の気まぐれのように。それが上手いのか、俺にはイマイチ分からないけれど。
浦川のお気に入りは鼻先へのキスみたいだ。そこにちょん、とだけ触れる感触はどこよりも多い。うん、猫じゃん。

「浦川のがよっぽど猫みたい」
「…」

思わず溢れたとき、丁度浦川がまた唇にキスをしたときだった。そのまま、その距離で止まった浦川としばらく見つめあっていると、ふ、と背中を向けた。
しかもそのまま振り向くこともなくどこかに行く。何か気に障ったのか、それとも急に飽きたのか。そのどちらもなのかもしれない。

「やっぱり猫じゃん」

まだ、顔のどこかに柔らかな唇が触れている感触が残っていた。

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