歩いていたら、つい最近嗅いだ事のある匂いがした。
それはとある甘味屋で売られている週に一度の限定商品、その名も“豆腐饅頭”だ。
豆腐のもっちり感を残しつつ、さっぱりとした甘さが絶妙なハーモニーを醸し出している。
老若男女関係無く大人気で、俺もこの前やっと手に入れることが出来た代物だ。
匂いの元を探っていると、例の豆腐饅頭の乗った皿を持って歩くくのたまを発見した。
あの豆腐饅頭を購入出来たなんて、なんて運の良い奴なんだろう。
そのくのたまを目で追っていると、くのたま長屋とは逆の方向に向かっている。
知り合いでも何でもないが、何となく気になって俺は後を追って行った。
着いた先は学園長先生の庵。
くっ、学園長先生め、羨ましい。
本当に何となく気になって、気配を消して聞き耳を立てた。
会話の内容は、もう五年経ったとか、学園生活は楽しかったかという平凡な話だった。
くのたまの方は、友達も出来たし、好きな人も出来たし、みんなの笑顔もいっぱい見れて幸せだった等と、本当に幸せそうに話している。
そんな話だったのが、いきなり任務の話に変わる。
さすがにコレは聞けないと去ろうとしたら、“五年生”という単語が出たので再び聞き耳を立てる。
『お願いします、この戦の任務は五年生の忍たまにやってもらえませんか?』
「うーむ、じゃが……」
どうやら元々は六年生がつく予定の任務を、俺達五年生にやって貰いたいらしい。
『まだ先輩方には任務を伝えていないんですよね?』
「確かにまだ言っておらんが」
『お願いします。もし五年生に変更して頂けるなら、この豆腐饅頭を差し上げます』
「何っ!!豆腐饅頭じゃと!!」
なるほど、豆腐饅頭を餌に学園長先生を説得するつもりか。
『はい、今大流行中の超人気商品であるこの豆腐饅頭を全て差し上げます』
「むむむ……」
何かおかしい。お饅頭やらお団子やらが大好きな学園長先生が渋るなんて。
そんなに危険な任務なのか?
「確かに五年生でも問題ない任務じゃが、良いのか?」
『はい、そのために来たんですから』
次の任務は戦関係か。みんなに伝えて、あと鍛錬の時間を少し増やそうかな等と考えていると、学園長先生の深刻そうな声が聞こえてきた。
「名前、六年生の方が経験も実力も一番プロにに近い。じゃから、お主の助かる可能性もあるんじゃぞ?」
助かる可能性?一体なんの話をしてるんだ?
『いいんです』
くのたまは、学園長先生の提案を断った。
『わたし、助かるつもりはありません。そして、死ぬのなら愛しい人の為に死にたいんです』
「本当に、良いのか?」
『はいっ!わたし、幸せでした!』
俺はとんでもない任務を聞いてしまったのかもしれない。
内密にお願いしますね、と学園長先生の庵から出てきたくのたま。
普段、俺は自分から女に声をかける事はまずない。
でも、今回は何の躊躇もなく去り際のくのたまの手を掴んだ。
「ちょっと話したいんだけど」
『うん、いいよ!』
このくのたまの子はさっきの話が嘘だったかのように、にこにこと笑っている。
ふわふわした様な、不思議な笑顔のくのたまだった。
人の気配がない所まで連れて来ると、俺はいきなり本題に入った。
「さっきの任務の話……」
『わたしがね、特攻隊にならないと負け戦になっちゃうんだ』
俺の話を遮って、くのたまが話始めた。
『わたしが死ぬまでに、どれだけやっつけれるかで勝敗が決まるの』
「………」
『やっぱりね、死ねっていう意味の特攻隊でも父上はわたしの父上だから』
“守りたいの”
そう言ったくのたまは、曇りのない笑顔で微笑んでいた。
『あ、久々知君これ内緒ね!』
微笑んだまま人差し指を口元に当てるくのたま。
「俺の事、知ってるのか?」
『うん!久々知君は鉢屋君の友達だし、それに忍術学園のみんなの名前は知ってるよ。だって、忍術学園が好きなのにみんなの名前を知らないのは失礼だもんね』
にこにこ笑っているくのたま。
さっき、確か好きな人の為に死にたいって言ってたな。三郎の事が好きなのか?
「お前、三郎が好きなのか?」
『うん!大好き!』
にこにこしていた笑顔が、さらに幸せそうになったくのたま。
本当に好きなんだな、と思ってしまった。
『ダメだな、久々知君にはいっぱい秘密喋っちゃった』
くのたまは、懐から手のひらサイズの包みを取り出した。
『はい、口止め料の豆腐饅頭!』
さっきの学園長先生に渡す前にちょろまかしていたのか、豆腐饅頭を半分に割って俺に差し出す。
俺がそれを受け取ると、くのたまは半分の豆腐饅頭を口に運んだ。
『んーっ!おいひーっ!』
幸せそたうに食べるくのたまを横目に、自分も半分の豆腐饅頭を食べた。
うまい。
『じゃあ久々知君、約束ね!』
食べ終わったくのたまは「じゃあね」と走り出した。俺は思わず叫んでしまった。
「名前っ!………お前の!」
くのたまは俺の方へ振り返ると、またあのふわふわした笑顔になった。
『名前だよ!』
それだけ言うと、くのたま……名前は軽快に走り去って行った。
* * *
任務当日、五年生の俺達五人は、依頼主である村の男に挨拶と依頼内容の最終確認をしていた。
その内容はあの日に聞いた話と同じで、やっぱり嘘じゃないんだなと改めて実感してしまった。
「安心しな、名前にはすぐ死んだりしないよう、昨日まで忍術を習わせていた。時間は充分に稼げるだろう。アイツはこの日の為に生かしておいたんだ」
これが名前の父親、実の父親に死ねと命じられてもアイツは恨まないのか。
「おい雷蔵……、大丈夫か?」
三郎と雷蔵に視線を向けると、雷蔵の顔色がよくない。
「うん、……ちょっとだけ嫌な予感がしただけだよ。気にしないで、気のせいだと思うから」
「そうか」
ほんと、気のせいならよかったよ。
間もなくして、遠くからいくつもの銃声が聞こえてきた。俺はただ、その銃声のする方を見つめた。
今加勢に行けば任務は失敗するが、名前は助かるかもしれない。
こんな事を考えるなんて、忍者失格だな。
それに、この銃声は自分たちの行動開始の合図でもある。俺ももう覚悟を決めないといけないか。
「おい兵助、」
思っていたより考え込んでしまったらしい。俺以外は、すでに出陣の準備ができている。
「……もうすぐだぞ」
「ああ、悪い」
そうだ、俺は忍たま。
任務を遂行しなくちゃならない。
「では忍術学園の皆さん、頼みましたよ。我等もすぐに追いつきます」
依頼主の言葉を聞き終わるや否や、俺達は走り出した。
任務は無事終了した。依頼主も満足していたし、何も問題はない、何も。
今日は学園は休みで雷蔵は図書委員の当番だし、三郎は多分雷蔵の所、ハチと勘ちゃんは用事があるからと朝からいない。
俺はいつも通り自室で忍たまの友を読んでいた。ふと窓の外に目をやると、黄色のふわふわした花が咲いている。
ああ、あのふわふわした笑顔はタンポポみたいだったんだ。
「兵助いるかぁーっ!!」
「じゃーん!お土産だよー!」
バンッと障子を豪快に開けたのはハチで、何やら嬉しそうに土産の品を見せているのが勘ちゃん。
「二人はどこに行ってたんだ」
「見て見て!ほら、豆腐饅頭!」
「あんなに朝早く行ったのにギリギリで買えたんだぜ?」
どうやら、ハチと勘ちゃんは豆腐饅頭を買うために朝早くから店頭に並んだらしい。
「兵助も好物だろ?一緒に食おうぜ!」
「ああ、ありがとう」
―――はい、口止め料の豆腐饅頭!
「………うまい」
まん丸な豆腐饅頭に思いっきりかぶり付き、半分食べた。
「あれ、何で泣いてんの?」
勘ちゃんが俺の方を見て驚いていると、ハチはニヤニヤしながら声を上げた。
「なんだ、そんなに感動するほど美味かったのか?」
泣いてる?俺が?
ぽたり、
それは俺の目から流れたもので、半分残った豆腐饅頭の上に落ちた。
「うん、……うまい」
俺は、もう半分も口に放り込んだ。
たんぽぽ2
(結ばれていた赤い糸が
切れてしまったのを知っていて、
それを伝える事が出来ない僕は
弱虫なのでしょうか)
(助ける事も出来たのに、
それをしなかったのは自分で…
なのに悲しいなんて
都合がいいんだろうか)
(結ばれていた赤い糸が
切れてしまったのを知っていて、
それを伝える事が出来ない僕は
弱虫なのでしょうか)
(助ける事も出来たのに、
それをしなかったのは自分で…
なのに悲しいなんて
都合がいいんだろうか)