確か、三年生か四年生の頃からだったと思う。
三郎がコソコソとタンポポの押し花を作り始めた。同室だからというか、バレバレというか……
初めの頃はその行為に戸惑っていた感じだった。
自分で摘んで来たのか贈られたのか、おそらく後者だと思うが本当に意外だった。
元々人と関わるのを避けていた三郎。今でこそ僕達に打ち解けてくれているけど、出会った頃は警戒心剥き出しで、僕達の間には分厚い壁があった。
実際今だって、僕達以外に対しては自分との間に一本の線を引いた状態だ。
あの押し花にされたタンポポが関係していると思い少し探ってみたら、くのたまの子から貰っているのを目撃した。
その子は直接受け取らない三郎を気にしていないのか、近くに置いて去って行った。
三郎は、戸惑いながらも地面に置かれたタンポポを拾った。
どんな出会いをしたのかはわからないけど、多分いきなり懐に飛び込んで来られたんじゃないかな。それで、疑っているけど何故か疑いきれない。まあ予想なんだけどね。
ただ、三郎に渡していたタンポポと、同じ様な笑顔が印象的な子だった。
五年生になってからは、三郎は週に一度ソワソワしている。
そしてタンポポの押し花を作った次の日は、妙に機嫌が良いのも事実。
だいたい月に二〜三回だったのが、最近は毎日タンポポの押し花を作っている。
三郎は気付いてるのかな。押し花を作っている時の表情、すごく優しい顔してるんだよ。
―――――ブワッ!!
「うわっ……!?」
今日の朝もソワソワしていたからきっとタンポポ貰うんだろうな等と考えながら歩いていると、一瞬物凄い強風が吹き頭巾がバサッと飛ばされてしまった。
そういえば、八とかに呼ばれて急いで巻いたから緩かったのかもしれない。
すぐに頭巾を追いかけ屋根に飛び上がると、くのたまが僕の頭巾を握り締めていた。
それはいつか見た、三郎にタンポポを渡している子だった。
驚いた顔をしているので、いきなり飛んできた頭巾にびっくりしたのだろう。申し訳ない事をしてしまった。
僕は謝りながら名乗ろうとするが、先に名前を言い当てられてしまった。三郎と同じ顔だから知っているらしい。
「三郎の知り合い、で、あってるかな?」
『ううん、わたしの一方通行だから違うよ』
あれ、知り合いじゃないの?うーん、じゃあタンポポはなんの為に渡しているんだろう?それに一方通行って何だろう?一方的に知ってるって事かな?でも、うーん……
『明日五年生は午後から戦の任務でしょ?頑張ってね』
僕があれこれ考えていると、彼女は話題を変えて話しかけてきた。
「あれ、なんで知ってるの?」
『わたしも行くから』
あの戦の任務にくのたまも参加するのか、知らなかった。じゃあ、明日は仲間って事になるんだね。三郎が今日ソワソワしていたのはこの事なのかもしれない。
「そうなんだ、一緒に頑張ろうね!」
『うん!絶対成功させるね!』
「?え、あ、そうだね」
何故か単体的な発言だったので聞き返そうとしたら「じゃあね」と手を振り、ひょいっと屋根から飛び降りて行った。
「そういえば、よく僕と三郎の見分けがついたな。あ、名前聞くの忘れちゃった」
僕のの呟いた言葉は、ふわりと吹いた風に飛ばされていった。
* * *
翌日、僕達五年生は依頼主である村の男に挨拶と依頼内容の最終確認をしていた。
そのメンバーの中に、あのくのたまの姿はない。
ああ、なんだか嫌な気分だ。
昨日学園長先生から聞いていた作戦通り、依頼主の娘が特攻隊として的になっている間に背後から攻めるというものだ。
その作戦は気分の良いものじゃない。忍者に私情は禁物だけど、僕は勿論、八も勘右衛門も兵助も、あの三郎だって顔をしかめている。
「安心しな、名前にはすぐ死んだりしないよう、昨日まで忍術を習わせていた。時間は充分に稼げるだろう。アイツはこの日の為に生かしておいたんだ」
名前……ちゃん。
嫌な予感がする。
その名前ちゃんという娘は、朝から配置に付いているらしく、後は敵が現れるのを待つだけだという。
…………嫌だ、気分が、悪い。
「おい雷蔵……、大丈夫か?」
ハッと隣を見ると、三郎が心配そうに僕の顔を覗き込んでいる。
「うん、……ちょっとだけ嫌な予感がしただけだよ。気にしないで、気のせいだと思うから」
「そうか」
そうだ、気のせいだ。
そんな、そんな偶然がある訳ないよね。
間もなくして、遠くからいくつもの銃声が聞こえてきた。どうやら敵が現れ、名前ちゃんという娘が特攻隊として動き始めたようだ。
この銃声は、自分たちの行動開始の合図でもある。
少し離れた所にいた兵助を三郎が呼んでいる。兵助が来たと同時に依頼主が声を掛けてきた。
「では忍術学園の皆さん、頼みましたよ。我等もすぐに追いつきます」
依頼主の言葉を聞き終わるや否や、私達は走り出した。
任務も無事終了し、僕達はいつも通り過ごしていた。
依頼主にも感謝され、後日お礼の品を送るとまで言っていた。そんな依頼主は終始にこにこと笑っていて、僕達は娘さんの安否は聞かなかった、いや聞けなかった。
当番である図書室で、モヤモヤとする思考を振り払いながら本の整理をする。
「花……言葉」
ふと目に留まった一冊の本。
僕は本の整理を一旦やめてその本を取り、近くの机で広げた。パラパラとページを捲り、目当ての花を探す。
「あった、タンポポ……」
「不破君、本の貸し出しお願い出来るかしら」
目当ての花を見つけたと同時に声をかけられる。
「あ、シナ先生。すぐ行きます!」
カウンターへと向かい、貸し出しカードに記載をする。
僕は「ありがとう」と図書室から去って行くシナ先生を無意識に呼び止めてしまった。
「あの、シナ先生、くのたまの名前はいますか?」
会った事も話した事もない“名前”という名の女の子。
でも脳裏に浮かぶのは、タンポポみたいな笑顔のあの子。
「あら不破君、名前の友達だったのね」
「はい、最近見かけないので」
嘘、ついちゃった。
「急遽お見合いが決まったらしくてね、辞めたの」
その笑顔は余りにも綺麗すぎて、僕は直感的に思った。
嘘、かな……と。
「そう、ですか、すいません引き止めてしまって」
「いいのよ、それじゃあ失礼するわね」
シナ先生が図書室から出て行き、先程の本の所へ戻る。
「雷蔵、何の本読んでるんだ?」
いつの間にか背後にいた三郎に、本の表紙を見せた。
「え、ああ、花言葉だよ」
図書室から少し離れた所で、シナ先生が「ほら、貴女がいないと悲しむ人は何人もいるのよ?」と呟いた言葉は誰の耳にも届かないまま消えた。