イスラside
僕は記憶を無くしてなんかいない。
あの機界集落の護人達も、この記憶喪失が演技だとは気付いていないようだった。
あとは、シャルトスの持ち主を探すだけ――。
そう考えていた僕にとって、計算外の事態が起きた。
「……イスラ・レヴィノス」
あの機械人形には、名前以外伝えてはいない筈なのに……家名まで、しっかりと呼ばれた。
その驚きとあまりに予想外な事態に、つい素のままで反応してしまい、声がした方に視線を向けると――そこにいたのは、これまた予想外な人物。
上手く誤魔化せたらしく、僕の先程の驚いた様子も、この小さな島で自分を知っている人がいたからだと、勝手に解釈してくれていた。
その人物については、記憶にないことにしておいた。
その方が後々動きやすくなるし、何かと便利だからだ。
だけど、本当は忘れてなんかいない。
昔の僕は病弱で、外出なんて以ての外。当然、知り合いも家の中の者しかいない。
そんな僕を心配してなのか、軍学校が夏期休業に入った姉さんが連れてきたのが――ユキだった。
外の人と話す機会なんてまずなかった僕にとって、それはとても印象深かった。
何より印象的だったのは、ユキのその容姿。
僕や姉さんよりも深い黒色の髪、人形かと思う程に整った顔立ち。
……この当時から今に至るまで、ずっと彼を女だと思っていたんだけどね……うん……。
そして、最も記憶に鮮明に残っているのは――氷のように冷たい光を湛えた漆黒の瞳。
彼の優しさに触れていると、そんなものは気にならなくなりそうだったが、僕の脳裏からはそれが離れなかった。
彼は自分のことは一切話さなかった。
一体どんな経験をしてきたのかは知る由も無いけど、彼なら僕の中にある闇を理解してくれる……そう思っていた。
だが、今日出会った彼の瞳には、あの冷たい光は微塵も宿っていなかった。
まあ正直、当時のままの彼だったら僕の演技を見破れただろうから、安心してはいるけど。
僕がアズリア・レヴィノスの弟だという事実を隠してくれたり、島の住人に紹介したりと、真実を見抜けないが為か、僕が裏で動きやすくなるようなことばかりしてくれた。
あんな目をしていた昔の君からは、考えられない程の浅薄な行動だね。
何しろ、君は裏切られるんだから。そうやって優しくしている、この僕にね。
「大丈夫か、イスラ?もう少しだから頑張れよ」
「はい、大丈夫です。有り難う御座います」
ニコリと微笑んでやれば、優しげな笑みを向けてくるユキ。
だが、繋がれた手の温かさと、その微笑みを見ていると、決意が揺らぎそうになるのは事実だ。
ーーその時、僕の奥底で鼓動のように"アレ"が動いた。
ああ、わかってるさキルスレス。
君を得たことで、僕の望みは完璧に叶えられるようになったんだから。
ユキ……シャルトスの持ち主が君なら、きっと僕の願いを叶えてくれるだろうね。
無理だなんて言わせない。
そうせざるを得ないように、僕が仕向けてあげるよ。
僕のこの願いを叶えるために――君を壊してしまっても、ね。
第16話-終-[*prev] [next#]
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