「そろそろ戻ろうか。何だか、風が強くなってきたみたいだから」
「そうですね。まだ体調も万全ってわけではないと思いますし、今日はこれくらいにしておきます」



そう言って額の汗を拭い、空を見上げながら大きく伸びをするイスラは、どこか名残惜しそうでもある。


暫くリペアセンターの中で生活していたわけだから、外出が楽しいのだろう。

もしくは、病弱だった頃は外に出ることすらままならなかったため、こんな大自然の中を歩くのは初めてに等しい経験で、新鮮さに満ち溢れているからなのか。


どちらにせよ、楽しんでいたことに変わりはないか。いいことだ。



「そろそろ昼食の時間だな。さーて、何作ろっかねぇ」
「はいっ!お昼はちょっとピリッと辛い感じの料理がいいです!」
「あ、いいねえ姉さん。うっすら汗をかくくらいの辛さがいいね」



別に意図したわけでもないのだが、ふと漏らした俺の呟きに、手をピンと挙げて意見を述べるアティと、それに賛同するレックス。

楽しそうに話す二人の脳内では、既に決定しているのだろう。



「うーん、そうだねぇ……じゃあ辛味を効かせたペスカトーレとかどうだ?トマト多めに入れると、チーズをかけても美味いんだぜー?」
「それにして下さい!ユキの海鮮料理に外れは絶対無しですから♪」
「そもそも、ユキの料理に外れなんてないしね!」



嬉しそうに目を輝かせる二人に、俺だけでなくイスラも苦笑しているようだった。



「食事はいつも、ユキさんが作ってるんですか?」
「ええ、そうです。イスラさんもユキの料理を食べたら、きっと驚きますよ!」
「体調が良くなったら、一度食べにお出でよ。いいよね、ユキ?」
「ああ、勿論だ。ただ、食卓がかなり騒がしいから、そこは我慢してもらわないといけねーけど」
「あははっ……それじゃあお言葉に甘えて、今度お邪魔させてもらいます」



……あの騒がしさは、お前が予想している以上だと思うぞ、イスラ。
この島に来てから酒はあまり出てないが、酒が入った時の騒がしさといったら、もはや呆れるを通り越して笑うしかない程だ。


もし、この島の住人達と宴会でもすることになったら――そりゃーもう、お祭り騒ぎで確定だ。



「さ、もう行こうか。あまり遅くなると、アルディラ達が心配するかもしれないからね」
「はい」



レックスの言葉に頷き、ラトリクスへ戻るために歩き出す。

ここからラトリクスへは、地形的に真っ直ぐ歩いて行くことは出来ないので、一度林の中を通り抜ける必要がある。
それでも、そう険しい林道ではないため、そこまで時間もかからずラトリクスには戻れるだろう。




イスラは記憶の混乱について、特別戸惑っているわけでもないらしかった。
取り戻したいと焦る様子もないし、当面のところは、気長にリハビリしていけば大丈夫だろう。


患者の状態を把握するのに役立つかもしれねーし、クノンにはそう伝えておくか。



ぼんやりとそんなことを考えつつ、林道の中を歩いていた時だった。



「!?」
「これは……っ」



その光景は、あまりにも突然目に飛び込んできた。


鮮やかな緑の木々が生い茂る林――その一角は、まるで木がなぎ倒されたかのような、酷い荒れようだった。


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