どうして、こんなに
原因は山ほどある。数えきれないから数えるのをやめたほど、たくさん。
例えば恋をしたこととか。例えば、告白をしてしまったこととか。それがバレてしまったこととか。
だから「キモい」だの「死ね」だの言われて、こんな暗くてありがちな体育倉庫になんて突っ込まれてるんだろう。
*
彼の名前は"フカザワ タイキ"というらしい。
それを知ったのは普通の休み時間だった。
「深澤ってさ、今3組の木村と付き合ってるらしいよ」
「うっわうらやまー。木村めっちゃ可愛いのに独り占めかよー」
「でもまあ深澤だからなー」
「え、誰?」
もともと人数が多くて2年になった今でも同学年を把握しきれていないため、俺は友人の会話についていけなかった。
思わずそれを漏らすと、全員が目を丸くして俺を見る。
「え、春田知らないの?さすがに深澤と木村は知ってると思ってたんだけど」
「え?あ、木村さんは知ってる。天使だもん」
そう、3組の木村さんは1年のときから知ってた。読者モデルをやってるらしく、ゆるふわ系でものすごくかわいい。まさに天使だ。
「あ、ならよかったー」
「えーでも深澤知らないのはやばくね?」
「確かに確かに。1組のイケメンだよ、ホントに知らない?」
1組といってまず思い出したのは中学の友人と、その友達の名を知らないイケメンだ。
あ、もしかして。
「チャラいより整ってる系のイケメン?」
俺がそう言うと、みんなが「そうそれ!」と言って笑い出した。
「てかどんな表現だよ」
「え、見たまんまをそのまま」
「春田は語彙力高いなー」
そう、このときに俺はフカザワ タイキの名前を知った。
実際に話したのは、それから1か月後だった。
ちょうどその日は担任との2者面談で、待ち時間が少しあったから屋上に足を向けていた。
あそこはほとんど過疎化していて、むしろ不良の溜まり場になっている。
ただ、放課後は彼らがどこかに遊びに行くので大丈夫なのだ。
寂れた音がするドアをゆっくりと開け、誰かいるかを確認する。いつもいないけど。
そう、いつもはいないんだ。
「「───あ」」
俺と、屋上にいる男子の声が重なった。
驚いた顔をしている彼は間違いなく──
「"フカザワ タイキ"」
思わずその単語を発していた。
人の目を引き付けるその容姿と結び付いた名前は、忘れられなかったようだ。
俺が呟いたのが聞こえたのか、深澤はふっと口許を緩めた。
ああクソ、笑うとますますイケメンだなこいつ。
「呼び捨てしちゃう?初対面なのに」
しかも、話しかけてきた。
「え、ああ・・・深澤、くん?」
「・・・ああまあ、そうだね。君は春田くんだよね、"ハルタ キョウ"くん」
「え、知ってんの?」
思いがけず名前を呼ばれて、俺は屋上に足を踏み入れた。
後ろでドアが静かに閉まる。
深澤はケラケラと笑っていた。
「知ってる知ってる。佐藤がよく話してるから」
佐藤とは、俺の中学での友人だ。
そっか、あいつが話を──って、何話してたのか気になるな。
「なあ、春田くんよ」
「・・・え?」
いつのまにか、深澤がすぐそこにいた。
微笑みをたたえるその姿は、なぜかキラキラと輝いて見えた。
「俺と友達にならない?」
これが、俺が深澤に出会った日だ。
深澤は話してみると面白くて、多分顔が普通でもモテそうな感じだった。
ただそこにこの顔があるから破壊力というのか人を惹き付ける力が強いんだと思う。
俺もその1人だった。
どんどん好きになっていった。一緒にいるのが楽しくなっていった。
ただ、これがいけないことなのはわかっていた。
だって男同士だ。ましてや、相手はかわいいかわいい彼女持ち。
とっかえひっかえはしてないみたいだけど、告白される回数は異常に多い。
それにモヤモヤしても所詮俺は男だし、深澤も男だ。
それでも俺は、気持ちが抑えきれなかった。
「好きなんだ」
「──え?」
「っ・・・・・・ごめん、キモいよな。男にこんなこと言われて。・・・・ごめん」
ただ、嫌いにならないでなんて我が儘は、口が裂けても言えなかった。
だって、あんなに驚いた顔をされたら。あんなに困った顔をされたら。
俺には逃げるという選択肢しか、残されていなかった。
それはたまたま聞いていた人がいたらしく、その人から情報が漏れていった。
それはあの木村さんだったらしいと、あとから聞いた。深澤に別れを切り出されて、食い下がろうとしていたらしい。
そのときたまたま聞いただなんて。
俺の上履きはなくなった。どこかにいった。
教科書類は鍵つきのロッカーの中だから無事だったけど、鍵が壊されたことはあった。
「キモい」という言葉はよく聞くようになった。
放課後屋上に行っても、深澤には会えなくなった。むしろ不良に出くわしてボコボコにされた。
友達はあの3人だけになった。でも巻き込むつもりはないから、俺から離れていった。
それが、1か月ほど前のことだ。
*
体育の用具の片付けを押し付けられ、1人で体育倉庫に入ったとき。
急に外の光が遮断された。ドアが閉まったのだ。
「ホモとかキモすぎ」
「ここから出てこなくっていいからねー」
外から聞こえる楽しそうな笑い声と罵り声の数々。それらが離れていって辺りが静かになったとき、ため息が吐き出された。
──さすがにもう、疲れた。
途中だった片付けを放棄し、マットの上に座り込む。
体育座りをして、膝に顔を埋めた。
それから何時間か経ったんだろうか。外からは何も聞こえない。
でもずっと座っていたから少し腰が痛かった。それくらい長い時間ここにいるんだと思い知らされてるみたいだ。
さっきから頭の中をループするのは同じ言葉ばかり。
何がいけなかったんだろうか。
彼を好きになったこと、仲良くしたこと、一緒に遊んだこと、あの日会話をしたこと、彼を知ってしまったこと。
何が、全てが、いけなかったんだろうか。
何度目かのため息が漏れる。
土の匂いとこの薄暗い空間に、いっそのこと溶けてしまいたかった。消えて、なくなりたかった。
膝を、涙が濡らしていく。泣いていることすら滑稽で惨めだ。
誰も助けてなんかくれないのに。誰も俺になんか、気づかないのに。
「───!」
何かが聞こえる。
ああ、もしかしたら深澤の声かもしれない。
「──春田っ」
さすがに俺ももう末期なのかなぁ・・・・
深く息を吸い込んだとき、急に、まばゆい光に目を覆われた。
「春田っ!!」
きらきらと光る、その人が。
汗を垂らして、息を切らして、立っていた。
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