茶道部ナデシコ系男子


「うっわ、完璧迷ったわー・・・」


入学して早1ヶ月、方向音痴の俺はこの全生徒から"迷路"と言われる校舎で迷子になっていた。
今自分が何回にいるかもわからん。
とりあえず言えるのは放課後でよかったことと、階段が全く見つからないことだ。

ここどこ?


「・・・・・自然科学部、実験室・・・?どこだよそれ」


とりあえずかかっているプレートを読んでみるがさっぱりわからない。
実験室だって友達と喋りながら行ってしかもそれは1回きり。
そんなんで方向音痴の俺がわかるわけねえ!

半ばヤケになってずんずん進んでいくと、なんだかいい香りがしてきた。


「なんだこれ・・・お茶?」


抹茶とか、そういう匂いがする。家庭科部とかか?
とりあえず誰かいそうだから、とその匂いをたどっていけば突き当たりにぶつかった。
そして現れたのは木の格子がはめられた丸い窓と、そこから見えるのは・・・襖?
和室、という単語が出てきた。てかこの学校にこんなんあるの?
ああでも、中学のときに他の中学にあるって聞いたかも・・・?

しかし襖が閉まっていて中が見えず、人がいるかも怪しいほどに静かだった。
これはどうなんだ・・・?

俺がうんうんうなっていると、急に、その襖が開いて───


「あれ、こんにちは?」


中から袴のイケメンが出てきた。
いや、イケメンっていうより美形って感じか?
とにかくその袴が似合いすぎててヤバい・・多分先輩が、俺を見て固まっていた。
そりゃそうか。こんな端っこでなんか挙動不審な動きしてるんだもんな。


「・・・あ、こんにちは・・・!」


俺は唐突に顔を上げた。
そういえば挨拶を返していないなんてことに気づいて。
そしたら、その先輩はふふっていう上品な笑い方をした。それについ、みとれる。


「どうしたの?茶道部に用・・・はなさそうだよね、迷子?」

「え、あ、はい!迷子です!」


俺がつい反射で答えると、先輩はまた笑った。
てか、え、茶道部?どうりでなんかこう、ヤマトナデシコみたいな感じだと・・・


「じゃあちょっとお茶飲んできなよ。今ちょうど淹れてね、1人だからどうしようかと思ってたんだー」


先輩はやわらかく微笑むと、手招きをして襖の中に入ってしまった。
ああでも、これは全く断れないなあ・・・

俺は戸惑いながらも靴を脱いでそろえて、同じように襖の中に入った。



「はいどうぞー、お菓子もあるよー」


先輩は手際よくお茶を注いで、白玉にきな粉をかけて出してくれた。
・・・白玉?


「あ、それねー、俺が家庭科部が白玉作るっていうからお邪魔してきたやつなんだー。ちなみに出来立て」

「え、すごいっすね!」

「そうかな?結構簡単だったよー・・・・・あ、小豆もあるからぜんざいもできるよ?食べる?」

「え、いいんすか?」


思わず訊ねると、先輩は立ち上がりながら微笑んだ。


「いいんだって。俺1人で消化しちゃうとなんか寂しくなるからさー」


そう言いながら、先輩は奥に入った。
・・・・てかさっきから先輩は1人って言ってるけど、他に部員っていないのか?
ぜんざいが入ったお椀を2つ持ってきた先輩にそれを訊ねると、先輩は苦笑いをした。


「あー、いるんだけど、部活かけもちしてる子と不良くんだからあんま来ないんだよねー」


・・・・不良くん?
さらりと言われた言葉に疑問は持ったけど、とりあえず事情はわかった。


「とりあえず食べない?」

「あ、はい!」


先輩がうずうずしていて笑いながら頷くと、先輩も照れたように笑った。
さっきから笑い方がいちいちかっこいい。


「わ、おいしー」


白玉をきな粉にたっぷりつけて食べると、普通にうまかった。てか、白玉なんて普段食べないから余計に、って感じだ。


「そうだねー、甘いもの食べるのはいいよねー。なごむわー」


そうやってお茶飲んでる先輩見てるだけでなごみますね。
なんてのは流石に言えないから、そうですねーって返した。
先輩はさっきから癒し系だ。







そんな感じでなんかいろいろ話して、気がつけばもう6時手前になっていた。


「あ、そろそろ帰らないといけないよね。大丈夫?」

「あ、はい、全然・・・・」

「・・・・・そういえば、俺たちお互いの名前知らないね。俺は片瀬 秋人っていうんだー。ちなみに2年3組です」


片瀬先輩、は空になったお皿やなんやを片付けながら笑った。


「あ、俺は1年3組の須賀 和希です!」

「かずきくんかあ、どうやって書くの?」

「あ、和室とかの和に希望の希です」

「へえ、いい名前。俺は秋の人だからなあ」

「え、でも"あきひと"って名前かっこよくないっすか?」

「え、そうかなあ?」


先輩はまたふふっと笑った。


「あ、気軽に秋人でいいからね、和希くん」

「え・・・・」

「ほら、"秋人先輩"って」

「・・・・・・・・秋人、先輩」

「はいよくできましたー」


秋人先輩はまるで小さい子に言うかのように笑った。小さく手も叩いている。


「そういえば和希くんは迷子だったんだっけ?下駄箱まで行ける?」

「あ・・・そういえば・・・・」


俺がここに来た理由をさらりと忘れていた。
確かに俺、下駄箱まで行ける自信ないわ。
俺がうんうん唸っていると、先輩が笑う。


「じゃあ、俺も一緒に帰るからちょっと待ってて」


先輩はそう言って、奥のふすまを開けて中に入ってしまった。




時刻はちょうど6時。
向こうの部屋から出てきた先輩は、制服姿だった。帰るって言ってたから当たり前だけど、さっきまで袴だったから違和感がある。


「もー、そんな見ないでよー。珍しいのはわかるけどさあ」

「え、わ、すみません!」


先輩はハハッとかっこいい笑い方をした。制服を着ているからか、笑い方にも変化がある気がする。


「じゃあ帰ろっかー」

「あ、はい!」


先輩が和室の電気を消して、廊下に出てくる。
廊下の先には俺がさっき迷いまくってた何とか室だとかなんとかがずらりとならんでいる。
それに、左にはまた廊下が伸びている。


「こっちねー」


先輩はのんびりとした声を出して歩き出した。
進んだのは左側、俺が和室を見つける前に曲がろうと思っていたところだ。
すると、そこには多目的室やら会議室やらが点々としていた。


いろいろ話しながら道を教えてもらって、俺は無事に下駄箱にたどりつくことができた。


「あの、ホントにありがとうございました!」

「あーいえいえー。道は覚えられた?」

「なんとなく・・・・・あ、でも和室には行けそうです!」


先輩に笑われそうだったからその前に、と付け足すと秋人先輩は嬉しそうに笑った。


「そっかあ、じゃあいつでも来れるねー」

「あ、はい・・・・って、行って大丈夫なんですか?」


確か部活に関係者以外は参加しちゃいけない決まりのはずだ。
すると先輩はいたずらっ子みたいな顔になった。


「茶道部はそういうのOKにしてるんだ。部員少ないしね。だからいつでもおいでよー」

「あ、はい・・・!」


先輩とまた話せる、それがなんだか無性に嬉しくなって頬が緩んだ。
そしたら先輩もふふっと笑っていた。




次の日、俺はまたなんとなく迷いながらなんとか和室にたどり着いてしまったのだった。


 

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