「あー、心臓に悪い。俺の為にわざわざ美味い豆を用意してくれるような可愛い息子が、ムサいオッサンになっちまったのかと思った。」
「へーへー、さーせんっしたー。」
大人二人が騒ぐ声を、リュユージュはミルの音で掻き消す。そして淀みの無い綺麗な動作で丁寧に珈琲を淹れると、ヴィンスに差し出した。
「僕は直ぐ御暇致しますので、御心配なく。」
ヴィンスは珈琲を一口啜ると、リュユージュに対して歯を見せて満足気に笑んだ。
「それにしても、すっかり一人前になったもんだァな。どんだけ会ってなかったんだっけか?」
「そういうの、いいから。どうせまた厄介事を持って来たんだろ?君が来るとろくな事がない。」
ヘルガヒルデは足を組み直すと、眉を顰めた。
「おゥ、正解。」
ヴィンスは件の手紙を、テーブルに置く。
「見てくれや。」
彼はそう、ヘルガヒルデだけでなくリュユージュにも目配せをした。
「何だい?これ。」
「プエルトの国境沿いに設置されたバレンティナ陸軍の軍備施設や、配置された火器の一覧だ。砲弾の数量や規模、予想配置人数も全て明確に記載してある。」
同封されていた数枚の地図も隣に並べる。
それには弾道は勿論、着弾後の破壊力、及ぶ被害範囲、天候や風速によって想定されるありとあらゆる内容が非常に事細かに示されていた。
リュユージュはそれらを手にすると、書面に忙しなく視線を走らせた。
「へえ。これは興味深い。」
リュユージュとは対照的にゆっくりと視線を落としているヘルガヒルデの手元の地図には、国営鉄道は当然、地方の私鉄までもが網羅されていた。
「だが、匿名での提供だろ?信憑性に欠けるな。」
ヘルガヒルデが投げる様に置いた地図を、素早くリュユージュが手に取った。
「君はどこでこれを手に入れたの?」
「部下んトコに送り付けられて来たんだ。しかし、奴も送り主には全く心当たりがねェんだってよ。」
「ふうん。まあ、提供者の正体もだけれど、目的と理由も重要だ。例えば、金銭目的だったり、策戦攪乱の為だったり。」
一呼吸置くと、ヘルガヒルデは話しを続けた。
「匿名で情報を提供して得られる見返りは、金銭や名誉ではない。報恩か復讐の、どちらかだろう。」
言い終えると、ヘルガヒルデはリュユージュに視線を向けた。
「リューク。君、何か隠してるね?」
「いや、隠してると言うか。一つ、疑問があって。」
リュユージュはヴィンスに質問する。
「これが送り付けられて来た提督の部下とは、マクシファーソン・オルディア大尉です?」
「ん、そうだが…。何故、それが分かった?」
不思議そうな表情のヴィンスとは対照的に、リュユージュは確りと頷いた。
「成程。この情報の提供者は━━、」
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