「あ。おはよう…ございます?」

寝室から出て来たリュユージュに、マクシムは首を傾げながら取って付けたような敬語で挨拶をした。

「おはよう。」

リュユージュは身支度を整える為、洗面所へと向かった。その背中は疲労感に満ちており、覇気が無い。

「大丈夫か?すげえダルそうだけど。」

「うん。寝不足。」

「それ、寝不足ってさ…、」

言葉を切るマクシムをリュユージュは訝しむ。

「なに。」

「あ、いや。今夜は早く寝ろよ。」

「残業にならなきゃ、僕だってそうしたいよ。」

━━良かった、腫れてない。

鏡の前で左の口端の傷を確認すると、彼は乱暴に顔を洗った。

ふと、自身の右手首が視界に入る。内出血の痕を、苦々しく睨み付けた。



「君、今日公休だよね。悪いんだけど、ちょっと頼まれてくれない?」

着替えを済ませたリュユージュは、財布から取り出した金をマクシムに渡す。

「昼までにセイクレッドがここに戻るから、昼食を用意しておいて欲しいんだ。必要なら、これで君のも一緒に。」

「ああ、いいぜ。分かった。」

「今日って予定ある?それなら何か詰めてあるやつ買って来てもらって、置いといてくれれば充分だから。」

「いや。特に何にもないから、俺もここで一緒に食わしてもらおっかな。」

「飲み物は冷蔵庫の自由にどうぞ。」

彼はネクタイを締め、上着を手に取った。

「んじゃ、行ってら。」

ひらひらと手を振るマクシムを、革靴に片足を突っ込んだリュユージュが振り返る。

「ん?どうした?忘れ物か?」

「ううん。行って…来ます。」

━━いつ以来かな、誰かに見送られるのなんて。

宿舎の廊下を歩きながら、リュユージュは鼻を掻いた。






━━ちょっと見るだけならバレねえよな。

マクシムはきょろきょろとしながら、そっと寝室へと入った。其処はベッドしか無い、予想以上にがらんとした空間だった。

━━夜中に誰か来てたような気がしたんだが…。

昨夜の紛擾の痕跡など微塵も残されておらず、とても清潔に整えられている。埃一つ落ちてはいない。

再び室内にぐるりと視線を遣ったマクシムは先程は見逃していたものにぎくりと驚き、近付いた。

━━ええー…。何でこんなもん…。

それは枕元に横たわる、護身用の短剣。

マクシムは溜息を吐きながら、寝室を後にした。



━━何かあってセイクレッドが一旦戻って来たって訳でもなさそうだ。

ソファに戻った彼はどさりと、其処に横臥する。

━━だとしたら、夜襲…?にしては、話し声っぽいのしか聞こえなかったしな。

しかしどうにも気分が落ち着かず起き上がると、ベランダに出た。此処では遠慮して昨夜から我慢していた、煙草に火を点ける。

━━つーか、宿舎の正面玄関も部屋も鍵してるから不法侵入はまずねえだろうし。知り合いにしたって、普通あんな時間に来ねえよな。余程の急用とか?

眩しい陽射しの中を、白い煙が漂う。

━━でもそんなら、アイツあんな落ち着いて出勤してくかな?

マクシムは首を捻りながら煙草を揉み消すと、室内へ戻った。

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