「あれ?俺、夢でも見てんのかな?」

「はあ?」

「君、部屋に招くような友達いたんだ?」

「…もう、説明するの嫌だ。」

ヘルガヒルデはテーブルに歩み寄ってギルバートとアンジェリカに手を上げて挨拶らしきものをすると、遠慮無く料理に手を伸ばして摘み食いした。

口に食べ物を目一杯に頬張りながら彼女は懐から一通の書類を取り出すと、リュユージュに渡す。

「しょれ、ベティから。見てみ、ひゃばくね?どっからしょんなに放り出したんだっちゅーの。ぜってえぜーきん爆上がりじゃね?」

「何だろうこれ、デジャヴュか?食べるか喋るか、どっちかにして欲しい。」

「俺、今日昼飯食ってねえんだよ!野戦築城の演習に行かされてさあ!塹壕とか意味分かんねえ。陣地なんか必要ねえだろ、その前に全部ぶっ潰してやるっつーの。」

ヘルガヒルデは口の中の物を飲み込んだ後でそう愚痴るが、リュユージュは書類に視線を落としたままで冷淡に対応する。

「それで困らないのって、この世で貴女だけだと思う。」

「あっそ?照れるなあ。」

「褒めてない。」

リュユージュがヘルガヒルデから渡された書類。それは、今年度の予算案だった。彼は暫く、それと睨み合いを続ける。

その間に小腹が満たされたヘルガヒルデは、ふとギルバートに視線を遣った。額の逆十字が彼女の目に触れる。

「あ!君か!」

次の料理に手を伸ばそうとしたヘルガヒルデはそれを止め、顔をぱっと明るくした。

「再犯で死刑になっちまうから助けてくれ、って俺に縋って来たの。友達、バレンティナ人って言ってたもんな。」

「うんうん、そうそう、友達友達。いいから出て行ってくれ。」

扉を閉めたリュユージュは壁に両手を突き、背中に疲労を滲ませている。

「いつも嵐みてえだよな、お前の母ちゃん。」

マクシムの言葉に、ギルバートもアンジェリカも驚愕の態度を隠せない。二人共、呆気に取られている。

特に以前、リュユージュとの会話で『親』と言う単語を聞いていたギルバートは余計にそうだった。

「あの女(ヒト)の対応、本っ当に疲れる…。」

リュユージュは気が抜けたように椅子に腰を下ろすと、溜息を吐いた。



「なあ、アンジェリカ。今のって、施設長…だよな?」

「そうよね!?前に一度、ちらっと見ただけだけど…。」

「ああ。君達、ヒルデの施設を知ってるの?」

「ええ。時々、お手伝いに伺わせてもらってるわ。」

「施設って?」

マクシムは相変わらず一人で頬を膨らませながら、そう問う。

「孤児院を運営してるんだよ。いつも人手が足りないって言ってる。」

「孤児院?スッゲーな。」

「凄いかどうかは知らないけど、揶揄じゃなくて誰でも彼でも連れて来るからね。あの女(ヒト)。」

「私達を放っておかなかったあなたも、似たようなものじゃない。やっぱり親子だわ。」

アンジェリカはそうくすくすと笑う。

「心外だな、僕は母親ほど利他的な思考はしてないよ。現に、君達の生活の面倒は見ていないだろ。」

そう言うとリュユージュは一気にグラスを空にした。

━━その人生の積を負うとしたら、僕には一人が限界だ。

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