方角の感覚もなく闇雲に路地を進んでいたドラクールは突然、背後から肩を掴まれた。

吃驚して振り返ると、ユーリスィーズが其処に居た。

「御無事で…!?閣下!!」

汗だくのユーリスィーズは、息を急き切っている。

「リッセ。」

見知った顔に安堵し、ドラクールは眉を開く。

「ああ、良かった…!何処かお怪我などはされておられませんか?」

彼は苦しそうに胸を押さえつつも、必死にドラクールの全身をまぐさった。

「ね、ねェよ、大丈夫だ!」

危うく下半身にまで触れそうになるその手を、ドラクールは慌てて止めた。

「本当に…良かっ…た…。」

語尾を詰まらせるユーリスィーズの姿にドラクールの胸は痛んだが、それも一瞬だった。

「それにしても、何故この様な場所にお出掛けになられたのです?正当な理由があるならば、お聞かせ願いたい。」

上げて見せた彼の瞳には、若干の怒りが滾っている。

「いや、少し散歩して来いって言われて、街を歩いてたんだ。そしたらいつの間にか…、」

「こんな治安の悪い所にまで来る必要はないでしょう!」

声を荒げられて、ドラクールは怯んだ。



その時、同じ様にドラクールを探していたギルバートが路地から姿を現した。

「あ、こんなとこにいたのか。この辺は道がややっこしいから、通りまで送ってくぜ。」

「ああ。あんた、さっきの。」

ドラクールがギルバートに声を掛けるもユーリスィーズは腕を引いてそれを即座に引き留め、背に庇った。

「貴様、何者だ。」

態度を一変させてギルバートを威圧するユーリスィーズの右手は、左腰の長剣の柄に添えられている。

「弁えろ、貧民風情が!此方は、貴様ごときが軽々しく声を掛けられる御方ではないぞ!」

「おい、止めろ!この人は…、」

掣肘を加えるとユーリスィーズはドラクールの言葉に耳を貸す事もせずに彼の腕をがっしりと掴み、引き摺る様にして去って行った。二人の背中は徐々に遠ざかる。

ギルバートは少し遣る瀬ない気持ちになった。

━━貧民、か。こういう扱いには慣れているけど、やっぱし堪えるな…。

彼の瞳に夕焼けが沁みた。






ドラクールは力ずくで自分の腕を引くユーリスィーズの横顔を盗み見た。

普段であれば整えられている前髪は酷く乱れ、額や首筋からは汗が流れ落ちている。

更には頬が少し、埃で汚れている様にも見えた。

必死に自分を探し回っていてくれていたのであろう。その行動には感謝の意しかない。

━━でも、あんな言い方しなくてもいいじゃねェか。






リュユージュは書斎で頬杖を突き、辟易していた。

ドラクールからは、ユーリスィーズの一般庶民に対する酷い言動を。

ユーリスィーズからは、安易にドラクールに外出を勧めた軽率さを。

左右から責め立てられている状況だからだ。

リュユージュの机が二人によって塞がれてしまったマクシムは、彼に提出する書類の山を抱えたまま待機するしかなかった。

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