その時、より一層大きな物音が響いた。何かが倒れる音や、何かが割れる音がした。
「いたぞ!」
「くそ!離せ!」
「おとなしくしろ!」
アンジェリカはそっと玄関から顔を出す。
「さっきから一体、何事なの?何を騒いでるのよ?」
「ああ、ひったくりの通報があってな。今、逮捕した。騒がせたな。」
そう、保安官の一人が答えた。
「俺が追われてた訳じゃ…なかったのか?」
ドラクールはぽかんと口を開ける。
「そうみたいね。」
「だってあいつら、いきなり人の事を指差して『いたぞ、捕まえろ』って追い掛けて来たんだぞ!?」
「通報と背格好が似ていただけじゃねえの?それにしたって、疚しい事がなければ別に逃げる必要ないだろ。」
苦笑を漏らすギルバートの言う通りだ、と、ドラクールは俯く。
少しは散歩でもしろと外出を勧められた彼は慣れない昼間の城下街をぶらぶら歩いていたのだが、自身の異質な外見が咎め立てられたのではと、咄嗟に逃げ出してしまったのだ。
外の様子が落ち着いて直ぐ、玄関が叩かれた。
「郵便だよー!」
「あ…っ、ど、どうも。」
ギルバートは緊張した面持ちで、書類の入った封筒を受け取った。
彼は鋏で丁寧に封筒の上の方を細く切ると、ちらりと中を覗く。
「紙切れが…、一枚入ってるだけだ…。」
「それに合否が書いてあるんでしょ?早く見なさいよ。」
アンジェリカはギルバートから封筒を奪うと、躊躇なく中の書類を取り出した。
途端、彼女は口を大きく開けて叫んだ。
「やったじゃない!合格よ!スゴいわ、ギルバート!」
「え!」
二人は手を取り合って喜んでいる。
「まあ、つっても、まだ書類選考に通ったってだけだけど。」
ギルバートは面映い表情で後頭部に手を当てた。
「それより俺、もっと勉強しなきゃな。二次からが本格的な試験なんだ。」
聞くとも無しに二人の会話はドラクールの耳にも入る。何となしに視線を向けていた彼に対して、ギルバートが説明した。
「俺、医療艦の薬剤師に応募したんだ。ほら、新しい軍隊が発足されるだろ?」
━━新しい軍隊…か。また戦争の話しかよ。
「見ての通り、俺にはロクな仕事がないからな。少しでもまともな暮らしをする為には、まずは給料のいい仕事に就かねえと。」
━━どんな『未来』が待っているか、知らねェ方がこの二人は幸せなのかもな。
ドラクールは無言で椅子から腰を上げると、そのまま玄関へと歩き出した。
「え、ちょっと、」
「世話になった。」
アンジェリカが声を掛けるも、彼は一言それだけ告げると立ち去って行った。
「何なのよ!今日は厄日だわ!」
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