「うィーっす。」

晴れきった日差しが透き通る、正午過ぎ。一人分の昼食を片手に、リュユージュの部屋を訪れたのはヴィンスであった。

「…?」

退屈を持て余していたのもあり、ダイニングテーブルに突っ伏してうたた寝をしていたドラクールは髪の毛を掻き上げながら、気怠そうに視線を向ける。

「失礼。遅くなっちまった。」

「…。どうも。」

━━…誰だ。

ヴィンスは昼食を配膳すると、ドラクールの正面に腰を下ろした。

「俺ァ、ヴィンス・ブレイアム。なんちゅーか、ただの暇人だ。」

ドラクールはどちらの名前で名告るべきか迷い、咄嗟に言葉が出て来ない。困惑したまま無言で握手を交わしたが、温容な表情のヴィンスが言及する事は無かった。

その様に、ドラクールは安堵した。



「あんたも、驚かないんだな。」

「あァ?」

「俺を見ても驚かない。」

「ん。まァ、小倅に聞いてっかんな。」

ヴィンスは持参した珈琲を啜る。

「お前こそ、初対面の俺にビビんねェんか?」

「びびる?」

聞き慣れない単語に、ドラクールは首を傾げた。

「いつも、面(ツラ)がイカついとかガラの悪ィ輩だとか言われちまうんだがな。」

ヴィンスはそう苦笑する。

「良く分かんねェけど外見の話しなら、あんたの瞳は心地が良い。」

「へェ?」

「たまにいんだよ。気持ち悪い目ェした奴が。」

━━小倅が言ってんのって、こういうトコなんかね。

ヴィンスは頬杖を突き、食事をする彼をしげしげと眺めた。

「しかしお前、聞いてた通りホント綺麗なモンだ。」

「その綺麗って言い方、止めてくれよ。自分じゃとてもそうは思えないんだ。」

ドラクールは手を止め、眉間に皺を寄せてヴィンスを睨むかの様にじいっと見据える。

━━この人も割りと暗い色の髪だけど、やっぱり真っ黒じゃないな。

やや橙がかった、黒檀色。陽に翳された部分は、強い橙が混じる所為で濃褐色にも見えた。

「んな怖ェ顔すんなよ、美少年。」

ヴィンスは煙草を噛んで彼を揶揄った。

「つーか、随分と酷ェクマだな。折角の面(ツラ)が台無しだぜ?」

「昨夜、眠れなかったんだ。知らない奴の意識が流れ込んで来てな。」

「意識?何だ、そりゃ。」

「何にも感じられない人間に、上手く説明出来ないけど…。」

ドラクールは僅かでも伝わる様にと、言葉選びに努める。

「とてつもない、奈落の底に落とされるような絶望だ。生きてるのが痛くて、辛くて、怖くて、哀しくて━━。いっそ死んだ方がマシだって思えるくらいのな。」

彼は昨夜の恐怖を思い出して溜息を吐いた。

「そんな意識に、俺の全てを支配されそうになった。だから一睡も出来なかったよ。二度と這い上がる事が出来なさそうな絶望の闇に吸い込まれてしまいそうで…。もしも堕ちたらと思うと、恐ろしくて眠れなかったんだ。」

内容を訝しむヴィンスだったが、黙って耳を傾けている。

「それに『堕ちた奴』が、此処にいるからな。」

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