本日は、来訪の予定は一件も無い。怪訝そうにマクシムが表情を強張らせつつ扉へと歩を踏み出した、瞬間。

「入れ。」

訪問者が何者か確認もせずに、リュユージュは入室の許可を出した。

「は!?ちょっ…、」

「失礼致します。」

入室して来た男とマクシムは面識はないが、十字軍の軍服に身を包んだ者だった。

自身と然程年齢に差は無さそうな、吊り上がった切れ長の目をした若い男。一重で涼しげな目元は、一見するととても爽やかな印象を与える。

「ああ、リッセ。」

リュユージュが男の名を呼ぶと敬礼を解いて歩み寄り、彼は抑揚の無い平坦な声で挨拶をした。

「お久し振りで御座います。お変わり御座いませんか、リュユージュ隊長。」

『隊長』━━。その呼称により、この男は第二隊隊員である事をマクシムは推測した。



男は、一通の書類を机の上にすっと置いた。

その行動に、マクシムは不快そうに眉間に皺を寄せた。

何故ならば、通常は副官のマクシムに渡すのが礼儀である。不審物だった場合を考慮し、暗殺の機会を減らす為だ。

それがたった一枚の書類であっても、例え見知った者同士だったにしても、隣にいるマクシムを無視して要人であるリュユージュに直接提出するなど無礼極まりない。

「なにこれ。」

しかし当の本人は意にも介せず、頬杖を突きながら書類を手に取った。

「ヘルガヒルデ元帥より申し付かって参りました。」

「ふうん。行動予定、ね。」

ざっと目を通したリュユージュは、書類をぱさりと机に放り投げる。

「気持ち悪い。あの女(ヒト)がこんなの、作成した事あった?何の嫌味だよ。参謀会談への参加依頼の件、相当根に持ってんだな…。」

リュユージュは辟易して溜息を吐いた。



「ああ、紹介がまだだったね。彼は第二隊副隊長代理、ユーリスィーズ・ガンツだ。」

マクシムは男の態度に不満を抱くも、顔には出さない様に努めつつ右手を差し出す。

「こちらは、将補マクシファーソン・オルディア。」

「ええ。存じて居ります。」

握手を交わす二人は傍目には凡常とした光景だが、ユーリスィーズの表情は入室して来た時から一貫して冷淡なものだった。



「本日は突然の推参、大変失礼致しました。」

ユーリスィーズはスラックスの折り目に沿って指を揃えると、深い御辞儀をした。

「構わないよ。」

「その様ですね。」

ユーリスィーズの視線の先の机の上にはリュユージュが仕事をしていた痕跡はなく、飲み差しの珈琲が置いてあるだけだった。

「君は君で相変わらず嫌味な性格だな、リッセ。一応、これでも忙しくしている身なんだぞ。」

「左様で御座いますか。それでは私はこれにて失礼致します、お邪魔致しました。」

再度御辞儀をすると、ユーリスィーズは踵を返す。珈琲の用意を終えたマクシムに向かい、結構、とだけ短く言い放った。

閉められた扉を、マクシムは苦々しく睨み付ける。

━━スッゲー感じ悪い奴だな…。

「確かに彼は、融通も利かないし愛想も全くない。口を開けば出て来るのは基本的に嫌味だ。見た目だけならば好青年なんだけどね。」

淹れたての珈琲に口を付けるリュユージュの言葉は、まるでマクシムの心を見透かしているようだ。

「けれど、あれで結構いい奴だぜ。頼りになる。」

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