咥え煙草のアンバーは感情が散漫なまま、ロザーナの待つ宿屋に戻った。
━━しかし、何だって厄介事に巻き込まれなきゃなんねえんだ。俺には他にやる事があるってのに…。
「おお、戻ったか。」
礼服の上着をベッドに放り投げた後でネクタイを緩めるアンバーに、ロザーナは冷えた麦酒の瓶を手渡す。彼は勢い良く、それを呷った。
「なあ、ローズ。悪いんだが、一つ頼み事が━━、」
アンバーの言葉の途中。扉がノックされた。
「…まさか、もう来たのか?随分と早えな。」
彼はそうぼやきながら煙草を咥え直し、扉を開けた。
其処には予想通り、喪服姿のビオレッタを連れたエヴシェンが居た。恐らくは、彼女が目を覚ました直後に此処へと向かって来たのだろう。
「全く逸り過ぎだ、せめて着替えさせるくらいしてから連れて来いよ。我慢がきかねえとんだ早漏野郎だな、お前は。」
アンバーから吐き散らかされる謗りに、エヴシェンは舌打ちをすると歩み出て来て睨みを利かせた。
「そいつは悪かったな。上品なお喋りをするその口に今バレルを突っ込んでやるから、上手にしゃぶって見せてみろ。」
バレルとは、銃身の事だ。エヴシェンが右手をガンホルダーに伸ばそうとした瞬間、アンバーと共に二人は室内から突き刺さる鋭い視線を感じた。
「貴様等、そこらで止めておけ。下劣なネタも喧しい銃声も、私はどちらも好かん。」
ロザーナが不快そうに、彼等を睥睨する。
「本気にするなよ、ローズ。これは俺達の挨拶みたいなもんだ。」
アンバーは弁解に逃げながら降参とばかりに両手を上げて、諂笑をして見せた。
ロザーナの嵩に懸かった態度に肝を潰されたエヴシェンは彼女を数秒凝視した後、ごくりと喉を鳴らす。
━━この女が…、例の『ウルヴァリン』か…!
エヴシェンの視線を感受したロザーナは一瞥をくれたものの、一言も交わさずにふいと視線を外してしまった。
アンバーはビオレッタを手招きすると、ロザーナの前に立たせて紹介をした。
「彼女の名は、ビオレッタ・パラッツィ。」
此処に至ったまでの経緯を、アンバーはロザーナに簡単に説明する。そして彼女に、ビオレッタの身辺警護を依頼したのだ。
「いつから貴殿は極道者の手下(テカ)になったのだ。私が骨を折る道理はあるまい。但し、貴殿がその少女に絆されたと言うのならば話しは別だがな。」
ロザーナの言葉を、アンバーは肯定も否定もしない。
「俺では、どうしたって限界がある。四六時中付き添えるのはあなたしかいないんだ、ローズ。」
「こちらとしても是非お願いしたい、『エスペランサのウルヴァリン』。この通りだ。」
エヴシェンに呼ばれた昔の通称に、ロザーナは大層に笑った。
「ほう!部隊での私の二つ名など良く知ってるな、早漏野郎。」
「おいおい、下品な冗談は嫌いなんじゃねえのかよ…。」
アンバーは苦笑を漏らした。
「相分かった、引き受けよう。私は常に背水一戦、そして白星は五秒で我が手中だ。」
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