喫煙所に移動した二人は同時に煙草に火を付けた。立ち上る紫煙が交ざり合って行く。

「断る。」

「は?」

会話を始めるより先に出たアンバーからの拒否の言葉に、エヴシェンは訝しげな表情をした。

「お前、俺に彼女を託すつもりだろ?冗談じゃねえ、ボディーガードの契約はもう終了してるんだ。」

図星だったエヴシェンは言葉に詰まるも、直ぐに言い返す。

「良く言うぜ。ビオレッタが体張って仕入れた情報を根刮ぎ持ち逃げした、裏切り者がよ。」

今度はアンバーが反論の言葉に詰まるが、彼はエヴシェンの態度を指摘した。

「おいおい、『お嬢様』が抜けてるぜ。従順な下僕なのは、ただの演技か?」

エヴシェンは紫煙を吐き出しながら、その言葉を小馬鹿にした様に鼻で笑う。

「何で自分の娘にそんなの付けなきゃなんねえんだよ。」



「…。え…っ?」

「ははっ、何だよ、その面(ツラ)!お前でもそんな阿保みてえな顔するんだな。」

エヴシェンはアンバーを指差しながら哄笑を上げた。

「人の事言えないだろ!俺だってお前が笑うとこなんか初めてだ。」

彼は阿保面と呼ばれた口元を隠しながら、視線を逸らす。

「パラッツィに忠誠心を抱いている訳でもないお前が、何故あんなにまで彼女に肩入れをするのか、正直とても不思議だったんだ。とんだ仁義の通し方だな。」

そう言いながら、アンバーは更にエヴシェンを嘲る。

「単純に少女趣味(ロリコン)の変態だと思ってたよ。悪かったな。」

「酷いな、お前。」

それを聞いたエヴシェンは再び苦笑を漏らした後、目を伏せた。

「俺が父親として失格なのは、重々承知している。こうやって守ってやる以外、他には何もしてやれねえからな。」

灰緑色の瞳からは、哀愁と至情が読み取れた。







エヴシェンに案内された葬儀場は、未だ準備中だった。忙しなく動き回る従業員の間を抜け、アンバーは生花祭壇に向かい歩を進めた。エヴシェンはその背中を視線で追った。

彼は棺の前で革靴を鳴らし、踵を揃えた。

そして背筋を伸ばして威儀を正すと、遺影に向けて左手で敬礼をした。

通常の敬礼は、利き手に関係なく右手で行うものである。しかし死者に対しては反対の左手で行うのが、彼が修習した流儀だった。

「宗派が分からなかったんだが、献花で良かったか?」

アンバーはエヴシェンを振り返ると、手にしていた白いカーネーションを渡した。

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