応接室の扉がノックされたのは、ヘルガヒルデが珈琲を飲み干した瞬間だった。

「待たせたな。」

鬱然とした表情のクラウスが顔を出す。すると一瞬にして、場の空気が変わった。

クラウスは後ろ手に扉を閉めると、深い溜息を落としながらヘルガヒルデの向かい側のソファに腰を下ろした。



「それでは、失礼致します。」

「いいよ、リューク。君は此処にいろ。」

バルヒェットと共に退室しようとしたリュユージュを、ヘルガヒルデが引き止める。彼はそれに従い、踵を返した。



扉の手前で室内を振り返り、敬礼をするバルヒェットに対してクラウスが答礼をする。

彼が丁寧に扉を閉じて立ち去ってから暫くした後、ヘルガヒルデが口火を切った。

「どうやら、俺は救いようのない馬鹿者らしい。また手前等の汚え罠に嵌められたぜ。それも二度とも、同じ手段でな。」

「それは私への褒め言葉かね。」

クラウスは自慢の顎髭に右手を添えながら、睨むようにヘルガヒルデを見据えた。

「それより今後、お前はどうするつもりだ。戻って来るのか?」

その言葉を聞いたヘルガヒルデはソファから立ち上がると、テーブルに軍靴のままの右足を勢い良く乗せた。

側に置かれたカップとソーサーが割れんばかりに跳ね上がる。

「ふざけんな。」

彼女は立てた右膝に右腕を乗せると前屈みになり、思い切り見開いた翡翠色の瞳をゆっくりとクラウスに近付けた。

「誰が手前等の為に戻るかよ。土下座されたって御免だぜ。」

「では一体、どういった用件で此処に来たのかね?」

クラウスはヘルガヒルデの様子を伺うように、静かにそう問い掛けた。

「良く聞けよな。俺は今、『手前等の為に』って言ったんだ。」

彼女は不敵な笑みを浮かべながら下顎を軽く突き出すと、クラウスを眼下に見た。

「無条件で俺の要求を呑め。」

「私に、どう…しろと?」

彼は些か、躊躇いをその瞳に浮かべた。

「先に、肯(ウベナ)うか否むか。それに答えろ。」

クラウスは暫し、黙考した。彼女の真意を、掴み兼ねているからだ。

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