「在れに拘るな。無意味だぞ?」
「ええ、そうでしょう。例え未来が視えても、それを変える術は誰一人として━━少なくとも僕は、持ち合わせて居りませんから。しかし粗方の愚かな人間はそれに気が付かず、彼を利用しようとするのでしょうね。」
それを聞いたフェンヴェルグは、未だ怪訝そうに問う。
「貴様は在れを木偶も同然と理解していながら、一体何故に?」
「僕が賛仰したい人物は、彼を於いて他には御座いません。自身の眼で世界を見たいと強く翹首されておられる、それを叶えて差し上げたい。それに━━…、」
リュユージュは一呼吸置くと、こう締め括った。
「彼は、美しい。」
「未来を知り得ても、変える術は持たぬ、か。誠、その通りだ。」
フェンヴェルグは目を閉じ、その言葉を噛み締める様に深く頷いた。
「貴様も既に心得ているとは思うが、在れには絶対に手を出すな。酷い目に遭うぞ。」
それはまるで過去の己に向ける様に漏らされた、溜息だった。
「良いだろう、共に世界を見て来い。随伴を許可する。」
「彼奴を━━、セイクレッドを其方に託そう。」
リュユージュの心臓は、どくんと強い鼓動を打った。
歓喜からか、安堵からか。動悸が暫く続く。
何れにせよ彼は己の首を賭し、フェンヴェルグの口を毟る事に成功したのだ。
リュユージュはドラクール、元い、セイクレッドはフェンヴェルグの寵臣では無いと、早々の段階で予想していた。
一つは、王家の証である正十字の耳飾りと聖布を所有していた事。
そしてもう一つは、フェンヴェルグの私的な空間で過ごしている事。
この二点から、彼は絶対に臣下では無いと確信していた。
消去法で辿り着いたフェンヴェルグとセイクレッドの真の縁を、現時点では確認する意志はなかった。
仮に皇子であったとしたら心服するだけの事だし、そうでなければ相織の仲として共に過ごそう。
そう考えているリュユージュにとってはセイクレッドの出生など、然程問題では無かったのだ。
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