「我々神使一族にとって、漆黒は神の色。その髪と瞳を持つ彼の真名は、『神聖不可侵』。とても素敵な御尊名です。」

フェンヴェルグは息を呑み、瞠目する。

「貴様…、在れの本当の名を…っ!?」

その口調からは、焦燥と動揺が滲み出ていた。

フェンヴェルグは玉座から立ち上がると、歩み出て来た。これまでに何度も謁見をしているが、この様な行動に至った事は過去に一度も無かった。

リュユージュは元より、在るもの全てを賭して今日は此の場に居る。

禁忌を犯した事を悟った彼は潔く観念し、自己保身にだけは走るまいと腹を括る。弁解したり狼狽したり、末代まで残存する様な醜態を曝す真似だけは絶対にしてはならぬ、と。



そんな覚悟を決めた頭上に、降って来た言葉は。



「面を上げよ。」

リュユージュはその言葉に従い顔を上げるも、目は伏せたままだった。それが聖王に対する礼儀だからだ。

「構わぬ。此方を見よ。」

若干躊躇いながらも、彼はゆっくりと視線を上げて行く。

フェンヴェルグは至極色のクロークを左肩にだけ掛け、それを右手で合わせて居る。

立ち襟のシャツの首元は豪華な刺繍で飾られており、特別に目を引いた。

無意識のうちに、フェンヴェルグの頬の傷を辿る。

それは自分の予想より遥かに深いものである事を、リュユージュは初めて知った。

いよいよ絡む、互いの視線。

「どうだ、似ているか?」

フェンヴェルグは左の御空色の瞳を細め、微笑していた。

「…いいえ、あまり。」

リュユージュは遠慮がちに、だがしかし実直に、そう答えた。

「そうか。」

ふっ、と、呼吸を漏らすようにフェンヴェルグは苦笑する。

くるりと背を向けると銀髪を靡かせて玉座へと戻り、其処に腰を下ろした。

「我が父は、類い稀なる能力を有していた。」

フェンヴェルグはばさりとクロークを払うと、再びゆったりと頬杖を付く。

「父には、『自身の未来』が視えたそうだ。故に、世界統一を成し遂げられたのだろう。不可思議な能力を持たぬ我には、全く理解が出来ぬがな。」

「でしたら、彼を利用されては如何です?己を除いた『生者の未来』が視えるではありませんか。」

リュユージュが駆け引きを持ち掛けている相手は、世界の天頂である。

彼の喉はからからに渇き、極度の緊張からかほんの少しの目眩を覚えた。



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