バルヒェットは会堂の扉を押し開ける。
厳重な造りのそれは些か重く、彼の動作は少々ゆっくりとしたものであった。
「大変お待たせ致しまして、申し訳御座いません。」
良く通る、少し高い声色。リュユージュは謝罪を済ませると、彼等の元へと足を運ぶ。
ヴィンスとマクシムも入口付近にて敬礼をした後、用意された席に着いた。
━━な、何だってんだ、この面子…。
円卓を囲んでいるのは、マクシムにはおおよそ縁の無いヴェラクルース神使一族の三名だった。
「寛大な御心に深謝致します。」
リュユージュは一同に向けて腰を折り深々と頭を下げると、着席した。
「私には、貴方を止める理由は無いわ。」
ベネディクトは金色の髪の毛を揺らし、僅かに寂寞たる感情を碧眼に覗かせた。その憂いを帯びた表情は反って、彼女の美貌を引き立たせる要素となっている。
「もしかしたら━━…、権利はあるのかもしれないけれどね。」
万年筆を取り手元の書類に署名をする淑やかで美しい彼女の細い指先から、マクシムは暫し視線を外せずに居た。
「最初は混乱したよ。絵空事を抜かすな、とね。」
クラウスは苦笑を漏らしながら、自慢の顎髭をなぞる。
「天荒を破れるその放胆さ、否が応にも殊絶たる才能と認めざるを得まい。」
多少の齢は重ねようともその精悍な面様に衰えは認められず、碧玉色の瞳は数多の修羅場を潜り抜けて来た事を暗に語っていた。
「君は君の、為すべき事を為せ。思い煩うな。」
ヘルガヒルデは力強い激励の言葉に、笑顔を添えた。
「決心する前に完全に見通しをつけようとする者は、一生決心出来ないものさ。まあ、受け売りだけどな。」
非常に中性的なその見目は、とても線の細い男性だと言われればそれを疑う者は恐らく居ないだろう。平均より痩せている彼女は尚更、女性的な体格はしていなかった。
ベネディクトは書類に捺印をすると、呟いた。
「…。来ないわね。」
この書類には、存命する一族全員の承諾が必要なのだ。
二名を除いて、他の署名は事前に済まされている。
ボルフガングは、任務の為に出席が出来ない故に。そして彼の妻のイリデセントは先頃出産を終えたばかりで、未だ床上げ前だ。
肝心のアリュミーナは近頃酷く体調を崩しており、数日前から暇を取り王都から離れた別荘にて静養をしていた。
署名が成されていないのはルーヴィンとヘルガサライの二名であるが、ヘルガサライの欄には『生死不明』と既に記載がされている。
つまり彼等の待ち人とは、ルーヴィンであった。
━━あの変態野郎、まさか来ないつもりか?本当は顔も見たくないが、署名はしてもらわないと…。
リュユージュは膝の上でぐっと拳を握り締めた。
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