「それで、その戦争のどこでバレンティナが関係して来るんだ?」

「世界統一大戦で唯一、バレンティナ公国だけがキャンベル王国と同盟を結ぶ事を拒否したんだ。しかし終戦には合意を示した為、形式上は戦争は終結した。」

リュユージュは淡然とした口調と表情で、言葉を続ける。

「僕個人としては、バレンティナに敢えて敵対する必要はないと思ってる。それは今でも変わらない。」

「それならばお前は、軍隊を作ってまで何故…?」

「ただ、一人の人間の存在を認めて欲しい。それだけだよ。」

「それが、お前が守りたい大切な人なのか?」

「違う。」

リュユージュは蜂蜜色の髪の毛を左右に振るった後で、翡翠色の瞳を向けた。

「君、だよ。」

「は!?俺!?」

ドラクールはやはり素っ頓狂な声を出す。

「何でだよ、最初の戦争は俺が生まれる前の話しじゃねェか。俺が何したってんだよ。」

「何もしていない。君は生まれ落ちただけだ、この世界にね。」

「お前のその言い方…、俺は生まれただけで駄目だったってのか?」

「少なくとも、だからフェンヴェルグ聖王は君に手を掛けた。」

「悪かったな、気持ち悪い変な能力がある所為かよ!」

怨嗟と悲嘆の感情が、彼から溢れ出す。

「ああ、そうだ。俺を殺すには生け贄が必要だ!誰かが犠牲にならなければ、俺は殺せねェ!」

ドラクールは先程のようにリュユージュに噛み付き、更に声を荒げた。

「だったら何故、フェンヴェルグは俺を放っておかなかった!?あのまま置き去りにしてれば、俺は間違いなく死んでただろうがよ!!」

「その思惑は、完全には分からない。僕は聖王本人じゃないからね。理解が出来るとしたら、『本能』の部分だけだ。」

「本能って、俺に手を出す事によって死ぬのは御免だって事かよ。」

余りにも稚拙な理由だと、ドラクールは失笑した。リュユージュはそれを否定も肯定もせず、返答はしなかった。



「僕は聖王の治世に不満はないし、一族を支配した事に抗言するつもりもない。しかし━━、」

彼は一旦、言葉を区切る。

「有り体に言うと、聖王は逃げ込んだんだ。『平和』へとね。」

続けられたその口調や表情に、感情は全く込められてはいない。怨恨も憤慨も、本当に抱いてはいない様子だ。

「ただ、それが悪だとは言い切れない。現に王国は平穏そのものだろ?飽くまで、大部分がと言う前提だけれども。」

リサとその幼い兄弟に、ドラクールは思いを馳せた。

しかしそれは彼の主観的なものでしかなく、被害者やその遺族側の立場からすると、受けて然る可き罰でもある。冤罪であるか否かの論点は、全く別の話しだ。



「君は僕の事が分からないって言ったけど、単純だよ。僕が一番嫌いなのは、利他的な思考だ。」

リュユージュは貫くような鋭い視線を正面の窓へと向けた。

「土壇場で不実な行為に走るくらいなら、常に利己的な方が良い。よっぽど、信頼に値するよ。」

有明の月はいつの間にか姿を消していた。果てしない遠方から徐々に滲むように、朝陽が一面を黄金に染め始める。

「僕は全てが欲しいと願うほど貪欲ではないけれど、全てを救おうと思うほど親切でもないんだよ。」

窓から差し込む強い朝陽の煌めきが、二人を照らした。

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