此方へと歩み寄る人物は、比較的、華奢な体格であると見受けられた。恐らくはこの隊員の上官だろう。

一刻も早くこの場を離れなければとアンバーは馬を無理に押し退け、体を捻ると背を向けた。

上官と思しき人物は隊員と馬の横を素通りすると、即座にアンバーを追い掛けた。この好機を絶対に逃すまい、と、その歩調には若干の焦燥が浮かぶ。

「へえ、驚いたなあ。利口かつ慎重な性格のエレナが隊列を乱すなんて、初めての事だ。」

親しみやすい声音でそう話し掛けつつ、速歩でアンバーの後に続いた。

━━だ、誰だ…?初めて聞く声だぞ、俺の顔を知ってる訳がねえ。何で追っ掛けて来るんだよ!

その行動に彼は内心とても困惑し、虚を衝かれたように慌てた。

「まあ、そんなのわざわざ俺に言われなくても、誰よりも君が一番良く知ってる事だろうけれどさ。」

露見しては非常に面倒だ、と、更に歩を早めるべく足を踏み込んだ瞬間、アンバーは腕を掴まれた。






「ねえ?レオン君。」






途端、彼は抗う事を諦め、ぴたりと足を止める。

尤も、それでも尚以て腕を振り払って去ろうとしたのだが、それが不可能だったのだ。華奢な体格からは想像もつかない程の強い腕力を、相手は有していた。

躊躇した後で致し方無く、ゆっくりと肩越しに向き直る。

その視界が捉えたのは。



柔らかく、内巻の癖のある蜂蜜色の髪。

力強く仰視する切れ長の瞳は、翡翠色。



既視感に包まれて目眩にも似た感覚を認めた彼には、驚愕の表情を隠す余裕など最早無かった。

僅かに視線を外す事も叶わずに琥珀色の瞳を大きく見開き、ただただ無言で、その人物の尋常でない程の威圧感と稀有な迄の支配力を持つ翡翠色の瞳を凝視するしか出来ずに居た。

レオンハルトは鈍重な思考で追想する。

大切な彼の人と二人で共に歩んだ、かけがえのない往時(トキ)を。






彼を現実に引き戻したのは、ロザーナの喚呼だった。

「も、もしかして…!!貴様、ヘルガヒルデか!?」

「んあ?」

名を呼ばれて、ヘルガヒルデは彼女に睨み付けるような厳しい視線を向けた。

「ああ、何だよ。誰かと思えばローズじゃねえか。」

「な、何故、此処に!?貴様、退役したのではなかったのか!?」

ロザーナは金色の瞳を刮目してヘルガヒルデに詰め寄った。

「俺だって本当はのんびり隠居してえんだが、そうもいかなくてなあ。野暮用の使いっ走りさ。」

「一体、何を企んでる!?あの軍艦は貴様の差し金か!?」

「差し金って何の事だよ、あんなの只の足だ。海軍連中に俺を此処まで送らせただけさ。陸路より早いからな。」

ヘルガヒルデはロザーナの質問に答えるも、その表情は非常に懶げなものであった。

「ローズこそアレグレで何やってんだ?この凶状持ちがよ。しかし、今は手前と昔語に花を咲かせてる暇はねえ。」

そう言うと、彼女は視線をレオンハルトに移して威儀を正し右手を胸に当てた。

ヘルガヒルデから漂う儼乎たる風格に、彼は緊張に強張った。腕は自由になったものの、全身が硬直してしまっていた。

「俺はヘルガヒルデ・ルード。ヴェラクルース神使軍 元帥、そしてルード家の統制者だ。」

翡翠色の瞳と琥珀色の瞳が、再び視線を絡ませる。

「改めてよろしくね、レオン君。」

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