「何処かは知らねェけど、食えそうなもんなんて本当に何もない場所だった。俺、一人で其処に居たらしい。」

大海への憧れを語っていた時の威勢は既に無くなり、消え入りそうな程の微かな声で続ける。

「だからフェンヴェルグに発見された時、本当に嬉しかったんだ。ああ、死なないで済んだ、って。」

━━飢えて人肉を食らってたって…、その時か?

リュユージュの鼓動は、僅かにざわついた。

「でも、違った。」

力の籠ったドラクールの手の中で、ジュースの氷がからんと溶けて崩れる。

「アイツは怨恨と憎悪が籠った眼差しを俺に向けた。助けを求めて差し出した俺の手を振り払うと、短剣で心臓を突き刺そうとして来たんだ。」






震える唇から紡がれるドラクールの言葉はとても嘘を吐いている様子には思えないが、リュユージュには俄に信じ難いものでもあった。

リュユージュはフェンヴェルグの行う政治を、間近で見て来ている。残酷な手段の選択も、確かに皆無ではない。

しかし、これだけは断言出来る。

無益な殺戮を行う暴虐さは彼には無い、と。

マクシムの提案した海戦に於いての先制攻撃の禁止を受け入れた前例がある様に、フェンヴェルグは意外にも好戦的な性格はしていないのだ。



フェンヴェルグと神使一族の間には、これまでに何度か軋轢が生じている。

特に、慎重に慎重を重ねる性格のクラウスとは意見の相違が非常に多い。『疑わしきは全てを罰せよ』を信念とするクラウスの出す答えは常に一択、極刑のみだ。

しかし、それでは怨嗟を生むと言うフェンヴェルグの勧告に対し、クラウスが反論をするのが常なのだ。



リュユージュはそれを良く知っていた。

故に、ドラクール━━餓死寸前の幼児に、其処までする理由が分からなかった。

ほんの数日間、放っておけば勝手に絶命する様な子供に御自が手を下そうとするなど。

思案を巡らせるも、リュユージュには真実には辿り着けそうになかった。

否。彼は既に一つの可能性に辿り着いてはいるのだが、今は未だ本人に確認を取る時期ではないと判断した。






「気が付いた時には奴も俺も血塗れで、フェンヴェルグの右目は既に無くなっていた。後から、俺の仕業だと聞かされたよ。」

ドラクールはじいっと己の両手に視線を落とす。

「俺は一体、何なんだろう…。」

どれだけの月日が経とうとも、未だその答えに到達する事は叶っていない。

「あいつが俺を殺そうとしたのも、今なら分かる。だって恐ろしいもんな。死にかけのガキが、どうやって大人の片目を潰せんだよ。なあ、あんたもそう思うだろ?」

彼は自嘲気味に苦笑を漏らすと、頭を抱えた。

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