ルーヴィンが鍵師の手配を済ませてドラクールの部屋へ入ると、彼は繋がったままの手首で酒を呷っていた。
「全くお前は…。少しくらい待てないのか?」
溜息と共にルーヴィンは鎖を外すと、ドラクールの耳の傷と共に切れた唇に滲む血液を指摘する。
「早く洗って来なさい。」
「ほっとけ。あんた、本当にお節介だな。」
「好きでやってると思ってるなら大間違いだぞ。」
ついでにルーヴィンは昨夜から放置されたままの乾いた血液が付着したシーツを手際良く交換し、ドラクールを洗面所に引っ張って行った。
「痛ェ!!痛ェよ!!」
ルーヴィンはドラクールの首根を掴んで頭を洗面台に突っ込むと、上から容赦なく水で洗い流して行く。
「黙れ!私はもっと痛い思いをさせられたんだ!」
その言葉を聞いた途端に、ドラクールはおとなしくルーヴィンに従った。
瘡蓋(カサブタ)になっていたドラクールの耳の傷はおかげでまた開いてしまい、彼は鏡を見ながら慎重に脱脂綿で血を拭き取った。
「鞭で打たれでもしたか?」
自身の暴挙の所為でルーヴィンが制裁を受けたと思い、気遣いを見せる。
「お前といると、色々な意味で常に頭が痛い。それだけだ。」
しかしそんな素振りは微塵もなく、寛いだ様子で煙草に火を灯した。
「だったら出て行け。」
またしても浅はかな自身に腹を立てつつ、ルーヴィンを睨む。
「これが終わったらな。」
これ、とは一本の煙草の事かと思いきや、ルーヴィンは絶え間なく次に火を着けた。
そんな彼を見て、ドラクールは疑問に思った。
「自分の部屋で吸えばいいだろ。」
ルーヴィンは失笑する。
「出来る訳がない。」
彼は仮にも聖職者。
禁酒禁煙禁欲は当然の規律だ。
尤もルーヴィンはドラクールの部屋以外でも、夜中に外で吸ってはいるが。
━━自由はないのか?
その真実は、ドラクールには衝撃的であった。
そして同情しそうにもなったが、それは直前で思い留まる。
「腐った国だな。国王は陰険で腹黒く、国師が自ら風紀を乱していて。」
「だから、お前が必要なんだよ。」
ドラクールの冗談混じりの悪態にルーヴィンは反応するは事なく、真剣だった。
「誰も彼も、己の事しか考えていないからな。私を含めて。」
しかしルーヴィンの表情には、憂いや嘆きは一切浮かんではいない。
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