運否転賦
その日。
男は一人、暗室の窓際に腰を掛けていた。
殆どの夜、彼は同じ行動を繰り返している。
殆ど、を更に正確に綴るならばそれは、”月が見える”夜である。
その黒髪は夜風に撫でられ、さらりと静かに肩を滑り落ちた。
突然の背後の物音。
そして何かの気配。
男は目を見開いて、僅かな光が差し込む扉を振り返る。
━━此処を訪れる者などいない。
そう、思いながら。
廊下を灯している蝋燭がゆらりと揺れた。
同じ様に、扉の向こうの小さな人影も揺れ動く。
形容からして女の様だ。『女性』と表現するより、『少女』の方が相応しい。
頭の中でそう判断し、男はゆっくりと立ち上がった。
「俺に何か用か?」
決して懇篤的ではないが威圧的でもない。
ただ静穏な口調と表情で、当然の問い掛けをした。
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W.A
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