誰かが椅子から立ち上り、近付いて来る気配がした。

「リュユージュ様。」

壮年は終尾に差し掛かろうという頃だろうか。白髪交じりの頭髪と目尻や口元には皺が刻まれているこの男の名は、バルヒェット・ズィーガー。

彼はヘルガヒルデが生まれるより以前から十字軍隊員として従事しており、現役当時はその片腕をも務めていた程の実力を持つ。

そして何より、統帥であるベネディクトですら扱い倦ねるあの偏屈者のヘルガヒルデに背中を任されていた、唯一の人物でもあるのだ。

彼は第ニ隊隊員では無く、担う階級は第三隊隊長なのだが、とある役目をクラウスより仰せ付かりこの軍議に参加を許可されていた。



全く、親子で何と行儀の悪い事か、と、バルヒェットの口から溜息と共に小言が漏れる。

「一先ず、机から足を下ろされよ!」

立場としてはバルヒェットの方が当然下位ではあるが、彼は非常に毅然とした態度でリュユージュを諌める。

意外な事にリュユージュは抗言すらもせず、温和しくそれに従った。

「しかし、お珍しい事もあるものですな。貴方様は此れまで何時如何なる時も、怒声を上げられた事など御座いませんでしたのに。」

「済まない、バルヒェット。」

素直にリュユージュは、そう謝罪をする。

「でもどうしても、ボルフガングの侮言を許せなくて。」

その言葉に対して、バルヒェットはほうれい線の皺を深くして微笑んでいた。

多くを語らずとも、彼は二人の確執を充分に理解している様だった。






その後、バルヒェットはクラウスの下を訪れ、国勢調査対策について議決された内容を報告した。

「ふむ。小童にしては珍しく、危な気の無い手堅い良い策戦だな。採用するとしよう。」

「有り難う御座います。」

バルヒェットは深々と頭を下げた後、遠慮深く語り掛けた。

「クラウス将官殿。大変申し上げ難いのですが、宜しいでしょうか。」

「ああ、ボルフガングの事か?私とヘルガヒルデは相容れぬ立場であるが、やはり彼等までもが不仲な様だな。」

十字軍は数字が若い程、地位が高い。ボルフガングの方が年上ではあるが、第二隊隊長と第九隊隊員では、言わずもがなリュユージュの方が立場は上位なのだ。

「だが一々、小童が息子の相手をしている様には見えないが…。今回は諍いが起こった時の万一の為にお前を仲裁役として参加させたが、何かあったのかね?」

バルヒェットは頷くと、クラウスに言った。

「今日(コンニチ)まで、リュユージュ様が何方様かに向かってあからさまに非難を浴びせになられた事など御座いませんでしたが、先程はそれをなさいまして。」

クラウスは目を剥いて、驚きを隠せない様子を見せた。

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