木の葉が風に吹かれ、ざわめく。ドラクールは暫く雨月を憂いていたが、ふと、ゆらゆら揺れる水面を覗き込んだ。
墨絵の様な薄雲を背負い、水鏡が写す己の姿。
ドラクールの部屋がいくら簡素だとはいえ、鏡ぐらいはある。だが外見を気にする必要のない彼は、部屋のそれを使用する事は滅多になかった。
━━これが今の俺、か。
自身の漆黒の髪と漆黒の瞳に、改めて溜息が漏れた。
━━老けてるな。
年齢から考えると、大人びていると表現する方が適していそうなものだ。
水面に反射して尚も輝く耳飾りが目障りで、頭を引っ込めた。
「何者!?」
背後からの突然の怒声に、ドラクールは跳ね上がった。
体術の心得を全く持たない、彼だ。振り向き様に戦闘体勢に構えるなどという技術がある筈も無く。
ぐらりと呆気なくバランスを崩すと、そのまま沼へと転落した。
「な、…っ!?」
盛大な水しぶきを撒き散らした後、ドラクールは藻に絡まりながらも水面から顔を出した。
鼻に触れた、冷たい切っ先。
月明かりの中、目前に浮かび上がったそれが槍である事だけは認識出来た。
「…。」
言葉を失うドラクール。
槍に怯えたからではない。
殺傷能力の高いその武器を手にしていたのが、年端も行かないような少女だったからだ。それも、がりがりに痩せ細っている。
「何者だ!!」
少女はありったけの低い声で彼を威嚇するも、ドラクールは確信した。
例え水の中にいても自身の方が有利だ、と。
「いや、その。怪しい者じゃない。」
彼は長い黒髪のまとわり付いた、例の耳飾りを外して証明して見せようとしたが、
「動くな!!」
少女によってそれは制限されてしまった。
暫くの硬直状態。
「上がらせてくれよ。」
目線で地面を指す。
「ダメだ。」
諦めの良い彼はそのまま温和しく、少女の風貌を観察する事にした。
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W.A