「あらあら。あの子、拗ねちゃったわ。」

カーミラは独り言を呟いた。それは、空から。

「嫌ねえ。私が君を裏切るなんて、ないのに。」

彼女の深紅の髪が風にふわりとさらわれる。

「ねえ?私の可愛い坊や。」

くすりと少し笑い、カーミラはまた溶けるように姿を消した。

まるで大気になったが如く。









夜には幾日振りかの、雨。

これまでならば、先刻に手持ちの酒が尽きたドラクールは浮き立った様子で街に繰り出し行っただろう。

しかし、今は夢遊病者の様な覚束ない足取りで石畳を歩いていた。



普段彼が定位置としている場所を躊躇わず足早に通り過ぎ、ひたすらに進む。

時折その視界を掠める、光の灯った小綺麗な住居。

恐らくは彼の人生の始まりから終わりまで無縁に思える、温かそうな一般家庭。



━━部屋の中心には暖炉があって。料理は、そうだな。ライ麦のパンとシチューが良い。火傷しそうなぐらい熱いの。



現在の時期、夜は特に雨が降ればだいぶ過ごしやすくなって来てはいた。それでも昼間は汗ばむぐらいの気温だ。

しかし彼は常に温かい料理を望む。それには季節など関係なかった。

何故なら日々、温かい料理を口にする機会が全くないからだ。

冷たい物が温くなっている事には耐えられるが、温かい物が冷めてしまっている事には毎回落胆してしまう。



━━出来上がったならもっと早く持って来ればいいのに。



核心の理由も知らされない監禁生活。

だが自身の生命維持のために毎日動植物が犠牲になっている事を思うと、どうしても文句を言う気になどはなれない。



いつだったか昔、彼はこんな言葉を吐いた。

『自分なんかより、もっと役に立つ奴に食わせれば良い』

と。

その時ベネディクトに平手打ちされ叱られた理由が、ドラクールには未だ解せずにいた。

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