「己の部下が己の代理を務めると言うのに、見送りにも来んのか。小童は。」
腕を組んで辺りを見回すクラウスに対し、ベネディクトは苦笑を漏らした。
「ええ。波で揺れている船を陸から見ているだけで、酷く酔うそうよ。」
「嘆かわしい。何とも情けない男だ。」
クラウスは肩を落として溜息を吐く。
「そう言いながら、対海賊戦の連合艦隊艦長にリュユージュを抜擢したのは一体誰だったかしら。」
ベネディクトは苦笑から微笑に表情を変えた。
「最良の状態では、戦闘に勝利して当然です。最悪の状態でこそ、真価が問われるのですよ。」
クラウスは再び深い溜息を落とすと、真剣な口調で語った。
「彼奴は未だ、敗北を知らない。故に、最悪の事態を想像する能力に欠けているのでね。」
ベネディクトの沈黙は、それに同意している事を示していた。
出航の合図の汽笛が響き渡った。暫くした後、帆船はゆっくりと岸壁から離れて行った。
船上で敬礼をしているレオンハルトに対し、ベネディクトとクラウスも答礼をした。
「さて、大きな諍いが起こらなければ良いのですがね。」
「大丈夫よ。それこそ、リュユージュが乗船していないのだから。」
クラウスは失笑を漏らした。
帆柱には第二隊の軍旗である翡翠色の生命十字と、キャンベル海軍の軍旗である正十字の、二種類が掲げられていた。
「よう、レオンハルト。」
その呼び掛けにレオンハルトが振り返ると、海軍の濃紺色の軍服に身を包んだ日焼けした浅黒い肌の男が立っていた。
「マクシム大尉。この度は、よろしくお願いします。」
笑顔のレオンハルトに差し出された右手に対して海軍大尉の彼は訝しげな表情を見せるも拒否はせず、渋々といった様子で握手を交わす。
マクシファーソン・オルディア。
二十代後半にして大尉の階級を持つ、彼。しかしその特進には、理由があった。
「お前がキャプテンとはな。」
「精一杯、務めさせて頂きます。」
不機嫌そうに眉を顰めるマクシムに対し、レオンハルトは何処までも謙虚であった。
「ま、頑張んな。『元』海賊さんよ!」
吐き捨てる様にそう言うと、マクシムはレオンハルトの右手を振り払った。
「副隊長…!」
見兼ねた第二隊の隊員が間に入ろうとしたが、レオンハルトは首を横に振ってそれを止めた。
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