「少し説明しにくい事情を抱えていてね。」
それはアンジェリカの擦り切れた衣服の裾や不格好な髪型を見れば、一目瞭然だろう。
「僕が『今』、君に出来る事はこれぐらいしかないけど。」
リュユージュがギルバートの事を言っているのだと理解したアンジェリカは、涙を堪えて首を横に振った。
「部屋、余ってるよね。明日にでも掃除させて。」
エスメラルダに向かってそう言うと、リュユージュは居室を出て行った。彼女は見送る為に後ろに続いた。
玄関でリュユージュはふとエスメラルダを振り返り、謝罪をした。
「先日は衝動的に呼び出して済まなかった。でも君がいるから、僕は僕でいられるんだ。」
その言葉に、エスメラルダは相好を崩す。
「元より承知致しております。何もご心配に及びませんわ。」
人目を忍んでリュユージュはエスメラルダの髪に触れると、その毛先にそっと口付けた。
「さあさ、まずはお湯を使って下さいな。その間に簡単な食事を用意させるわ。」
エスメラルダは上機嫌で、アンジェリカをバスルームへと案内した。
「まあ、急にどうしたのかしら。あの変わり様ったら。」
嘲笑の声にもエスメラルダは反応しない。アンジェリカの方が余程、不愉快な気分にさせられた。
「背中、流して差し上げるわ。」
「え!?いえ、大丈夫よ。」
アンジェリカは渡されたタオルを胸の前で握り締め、首を横に振った。
「遠慮はいらなくってよ。」
顕わになったエスメラルダの象牙色の肌は、同性のアンジェリカから見てもとても艶めかしいものだった。
彼女は気後れがちに、小声で言った。
「遠慮と言うより驚かせてしまうと思うから、一人で入るわ。」
「あら?貴女、もしかして…。」
エスメラルダはアンジェリカの乳房に手を伸ばした。兵役を終えた彼女には、右の乳房が無い。
「バレンティナ国籍だったの。」
「そうよ。」
アンジェリカは伏せ目がちに頷いた。
「随分と髪の色が薄いから、分からなかったわ。」
「確かに赤毛が一番多いけど、それぞれよ。」
「私、プエルトの出身なの。」
エスメラルダの母国は大陸の最西部に位置し、聖戦時代は中立を固持していたが、終戦の際にキャンベル王国とは同盟を結んでいる。
しかし同盟国となった現在でもバレンティナ公国とは盛んに交易があり、それに嫌忌を示しているキャンベルとの関係は、良好と呼ぶには程遠いものであった。
「リュユージュ様はそういう事、全く気になさらないでしょう?あの方は快活で率直で、本当に自由な方なの。」
エスメラルダは石鹸を泡立て、アンジェリカの体を丁寧に洗う。
「だから貴女も、気にしない方がいいわ。」
湯殿に立ち込める薔薇の香りを、アンジェリカは暫し楽しんだ。
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