アンジェリカはリュユージュに連れられるまま、後ろを歩いた。
「ちょっと、どこ行くのよ?」
彼の背中に問い掛けるも、返答は無い。仕方がないので彼女は黙って従い続いた。
閑静な住宅街を暫く歩いた後、リュユージュは如何にも女性が好みそうな洗練された外観の屋敷の門口の前で足を止めると、漸く彼女を振り返った。
「僕の家だよ。」
「え?」
突然の展開に戸惑うアンジェリカを無視し、リュユージュは電鈴を鳴らす。
どうしたら良いか躊躇っているうち、開かれた扉の向こうの柔らかい室内の照明の中からエスメラルダが姿を現した。
「あら、…まあ!」
エスメラルダはリュユージュより、アンジェリカに驚いて声を上げた様だ。
「入って。」
彼はポケットに手を入れたまま乱暴にブーツを脱ぎ捨てると、顎でアンジェリカを案内する。
エスメラルダは床に膝を付き、丁寧にそれを揃えた。その姿に、アンジェリカは二人の関係を悟った。
居室にいた六人の寵姫達は突然のリュユージュの訪問を歓迎したが、彼に続いて現れたアンジェリカを目にするなり、その表情を険しいものへと一変させて行く。
「あれ、ルクレツィアは?」
「只今呼んで参ります。」
エスメラルダが居室を出る。
「座りなよ。」
ソファに腰掛ける様にリュユージュ促されるが、アンジェリカは躊躇った。
何せ山賊に襲われ、着の身着の儘で逃げ出し、現在に至るのだ。身形が整っているとは言い難い。
「いいわ、大丈夫。」
アンジェリカの一挙一動に寵姫達の鋭い視線が突き刺さる。この居心地の悪さから早く解放されたいと、彼女は願った。
「申し訳ありません、お待たせ致しました。」
金色の髪を揺らしながら、ルクレツィアが螺旋階段を降りて来た。
他のどの女性もそれぞれに美しいが、ルクレツィアの麗姿と品位は特別際立っていて、暫しの間アンジェリカは目を奪われていた。
リュユージュは壁にもたれながら、説明を始めた。
「彼女の名前は、アンジェリカ・イルザード。思い違いをしてるみたいだけど、僕の知人の恋人だよ。」
「まあ!知人の方の?」
「そうだったんですの!」
寵姫達は口々に、安堵の言葉を漏らす。
「それ以前に彼女は、この度の対バレンティナ戦で将軍への伝令を引き受けてくれた。田舎町の荷馬を駿足で走らせ、急使となってくれたんだ。」
「で、でも別にあれは…。」
アンジェリカが顔を上げると、寵姫達の視線から排他的な感情は消えていた。
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